2010年 秋

奥秩父

笛吹川 東沢 釜ノ沢東俣

2010/10/11

「千畳のナメ」の最後を飾る滝の前で

1966年の夏だったように思う。
末吉重夫先生が、臨海学校を前にして六年二組の私たち児童にたずねた。
「みんなは海と山とどっちが好きかい?」
山と答えた児童は一人もいなかった。これを受けて末吉先生は
「子供の頃は海が好きだと思うけれど、大人になったら山の方が好きになると思うよ」
その時は本当だろうか?と思った。
末吉先生は教育熱心で正義感の強い人だった。京成実籾駅近辺から自転車で通勤していた。当時の四街道小学校では冬になると学級対抗駅伝大会というものが行われていた。各クラスから足の速い児童を数名選抜し駅伝競争を行う。私たちが5年生の時の駅伝大会で五年二組が六年生を破って全校優勝した。スタート地点は現在は公民館になっている当時の町役場前。第一走者の私はとても緊張したことを覚えている。私は三位でタスキを河合君に渡した。そして最終走者を役場で待った。先頭で帰ってきたのはクラスメイトの嶋田君だった。途中で藤森が6年生を抜いて俵などが守りきったのだという。末吉先生はよほど嬉しかったのだろう。夜自転車で我が家までやってきて父と酒を呑んだ。
また末吉先生は弱いものいじめには非常に厳しい態度で児童を指導していた。弱いものいじめの現場でそれを阻止しなかった者も同罪として、数名を教室の前に整列させた。そしてなぜ悪いのかを説明したあとビンタをした。
大人になっても末吉先生とは毎年年賀状のやり取りをしていて、素直の写真を見て「賀来さんにそっくりだ」と返信をいただいたことがある。
一昨年、末吉先生からの返信がなかったが、3月頃になって、息子さんからはがきが到着した。
先生は前年に亡くなられたと記されていた。
末吉先生がおっしゃったように私は山好きになった。

10月11日(日)晴れのち曇り

貴重な三連休だけれども先週、ヨセミテから帰ってきたばかりでさすがに後始末をしなければならない。それはプライベートもあるし仕事上の宿題もある。二日間をそれに費やした。
それでも連休最終日の一日くらいは、どこかへ行きたい。ヨセミテでロングコースの楽しさを堪能した私はなるべく長い距離を歩きたかった。そこで笛吹川東沢へもう一度日帰りしてみないかと妻に持ちかけた。
7月31日の遡行では塗炭の苦しみを味わった妻の返事は意外にも「うん、いいよ」だった。
今回はハイドレーションシステムもあるから少しは時間短縮できるかもしれない。目標は前回の所要時間17時間35分を3時間短縮し14時間30分。従って西沢渓谷駐車場に戻ってくるのを21時15分と想定し笛吹川へ向かった。
西沢渓谷へと向かう吊り橋から見ると東沢は増水している。昨日、一昨日と雨が続いたからである。いつもは吊り橋を渡ってから河原に降りて遡行準備をするが、今回は鶏冠尾根へと向かう踏み跡をたどって河原へ降りる。運動靴を脱いで素足で渡渉し、再び運動靴を履く。山ノ神の先までしばらく登山道が続くので運動靴のほうが歩きやすいからだ。
山ノ神の先で、渓流シューズに履き替えた。
増水で徒渉にてこずる場面があって時間を食う。東のナメに到着したのは10時半頃。秋晴れのもとでナメが美しい。
若干、遅れ気味ながらも順調に歩いていたが、両門の滝を越え、薬研の滝を登りきったあたりで妻の歩行速度がガクンと落ちた。私が休憩をとらないで歩き続けたのが原因らしい。
広河原の苔の広がる樹林帯の中にある泉。その泉で休憩する。この場所はとても素晴らしいところで、本来ならばここでビバークし一泊二日で歩けば、妻につらい思いをさせなくても済むのだが、残念ながらそういう計画ではない。
先ほどまで相前後して歩いていた男女二人連れのパーティーが、少し先でビバークの支度を始めていた。秋のやわらかい午後の日差しを浴びながらツェルトを張っている。私たちは日帰りなので、まだまだ先の行程は長く、それを思うと、自分で選択した道とはいえ、少々憂鬱になる。
疲労著しい妻と「25分歩いて5分休憩」を約束する。
水師沢出合付近で16時となった。一般的には水師沢からポンプ小屋まで一時間程度の行程だが、いまの私たちでは2時間で登ることすらかなわない。
すでに秋の夕暮れが近い。沢の中で暗くなる事態だけは免れたい。
ようやく木賊沢出合の入り口に位置するナメ滝が見え始めた。少なくともこの滝だけは真っ暗になる前に越えておきたい。ここでタイトロープで妻とお互いを連結する。最後の最後だからこそ事故のないようにと思ったのである。
妻も忍耐で登ってくれ、暗くなると同時にポンプ小屋へたどり着くことができた。時計を見ると17時30分。7月よりも一時間早く到着したが季節は進みすでに明かりがないと靴紐すら解くのは容易ではない。渓流シューズを脱いでタオルで丁寧に足を拭き運動靴を履く。ヘッドランプのほかにLEDの懐中電灯に点灯。夜道の下山にはヘッドランプのほかに懐中電灯があると歩きやすい。妻に一つ持たせ、私は両手にひとつづつ持つ。
いつの間にかガスが当たり一面を覆っている。
甲武信小屋に上がるだけでも妻にとっては一苦労だ。これからの長い下山に備え、小屋の前のベンチで湯を沸かしてカップ麺を食べる。
そしていよいよ下山。真っ暗な徳ちゃん新道を下る。
西沢渓谷駐車場に帰り着いたのは23時20分。
帰路の中央高速は深夜だというのに小仏トンネルを先頭に25kmの渋滞。さすがに三連休の最終日だとあきれかえった。

主要装備:8mm20mロープ1本、ビバーク用タープなど


駐車場 6:38
西沢山荘 7:15
つり橋 7:20
徒渉点 7:42-55
ホラの貝入り口 8:25
山ノ神 9:13-33
乙女ノ滝 10:03
東のナメ 10:26-38
釜ノ沢出合 11:54
野猿の滝 12:33
両門の滝下 13:14
両門の滝上 13:28
薬研の滝 13:31
水師沢出合 15:56
ポンプ小屋 17:30-49
甲武信小屋 18:08-35
戸渡尾根下降点 19:10
西沢山荘 22:55
駐車場 23:20



周辺の記録
2010年9月14日ナメラ沢
2010年9月4日釜ノ沢西俣
2010年7月31日釜ノ沢東俣
2007年8月25日釜ノ沢東俣
2004年8月1日ホラの貝ゴルジュ