2010年 秋

谷川連峰

湯檜曽川本谷

2010/09/19-20

十字峡の入り口を飾る大ナメ滝   それは豪快にして優美


豪雪地帯に位置する渓谷は遡行愛好家にとって9月がベストシーズンかと思う。
その理由は
やっかいな雪渓の処理がなくなることが一番。二番目は虫の減少。三番目は雪渓の消滅による減水。四番目が肩まで水没してもなんとか耐えられる水温・気温。ざっとこのようなところ。
昨年の同時期に行った恋ノ岐川はまさにこのような状態で、楽しい遡行を実現させてくれた。ところがその二週間後の10月10日に袖沢メルガ股を遡行した時には、すでに頭から水をかぶるには水温が低すぎ、長女敦子と苦しい消耗戦をしいられた。
そしてやってきた今年の9月の三連休に選んだのは名渓として関東の岳人に広く知れ渡っている湯檜曽川本谷。
二日目の夜半から雨となり峠沢出合付近から旧国道清水街道へエスケープしたがインタレストグレードは文句なしの五つ星。途中で中だるみする部分がまったくなく、岩盤の露出した沢床は歩きやすく、しかも谷は開け明るく美しい。ゴルジュや滝の通過も一ひねりしたライン取りがスパイスのように効いて全体を引き締めている。
湯檜曽川本谷は関東周辺における一泊二日の遡行対象として美しさと充実度で最高ランクの渓谷ではあるまいか。
これからも幾度か遡行してみたい。

9月18日(土曜日)晴れ

妻は子育てが一段落した頃から市の臨時職員として週三日働いている。仕事は四街道小学校での障がい児の介助員。
三連休の初日である18日は四街道小学校の運動会。妻は非番であったが、子供たちの運動会の姿を見たいという。四街道小学校は私と私の妹ふたり、そして我が家の子供たち三人の母校。本当は土曜日の未明に出発予定だったけれど山行計画を変更して、運動会を観て午後から出発することになった。懐かしい通学路を自転車で小学校へ。お目当ては5年生のダンス。楽曲はマイケルジャクソン。ThrillerとBlack Or White。これを一眼レフEOSでハイビジョン撮影。帰宅してから再生してみたらその高画質とボケ味はまるで映画のようでびっくり。
簡単な昼食を済ませ、計画書をプリントアウトして素直に渡し、午後1時30分過ぎに四街道の自宅を出る。さしたる渋滞もなく16時50分に風和の湯に到着。観光客のほとんど来ない風和の湯はすいている。温泉につかってさっぱりしたあとはスーパーマーケット「サンモール水上店」で冷えたビールや野菜を買い求めてから今宵の宿「土合駅」へと向かう。
土合駅では100名山ハンターらしき中高年が先客。駅舎の中にもかかわらず待合室以外は構わないとばかりにバーナーで料理をするなど無法地帯化している。土合駅構内での宿泊はJRが黙認してくれているに過ぎないという自覚が必要ではなかろうか。
食事の前に妻を土合駅の下り線ホームへと続く階段へ案内する。私が初めて山登りをした時に登ったこの階段。私が初めて一ノ倉沢を登攀したときにも登ったこの階段。思い出の染み込んだ階段だ。今は上野からの夜行電車が廃止されてしまったので登山者が山登りのために土合駅に降り立つことはほとんどない。だからこの階段もめったに登られることはない。

9月19日(日曜日)晴れのち曇り

車で新道をマチガ沢出合手前の駐車場まで入る。ここまで土合橋のたもとから1.3kmなので歩いてもせいぜい30分程度だ。荒れた林道を無理して走る必要はないのかもしれない。
妻には個人装備以外に私のウレタンマットと昼食用のお弁当を持ってもらい6時過ぎに歩き始める。私のザックはウレタンマットとお弁当以外のすべてとプラスお酒がたくさん入っているのでとても重い。軽装の登山者に次々と抜かれる。芝倉沢で最初の休憩。ひー疲れた。日帰りとおぼしき遡行者が軽快に私たちを追い越していく。
湯檜曽川最初のゴルジュを省略するために武能沢を渡ってから蓬峠への登山道を5分ほど登る。ピンクリボンが木にくくりつけられ、薄い踏み跡が右側へと続いている。最初は不明瞭だった踏み跡も次第にはっきりし始め、やがて垂直な段差を下って湯檜曽川の河原に立った。水量も少なく穏やかな河原である。
土合駅で一緒になった男女二人連れのパーティーが河原の上流で遡行準備をしているのが見える。私たちもここで沢装備を整える。
河原歩きは15分ほど。すぐに見せ場が始まる。最初は階段状の小滝。続いて更に二段の小滝。この二段小滝は胸まで水に浸かりながら釜を進み滝の左を登る。小柄な妻は川底から足が浮くほどの水深。いきなりのびしょぬれに驚く。ちなみに胸、あるいは頭から水をかぶるのは全行程を通じて、ここを含めて4箇所のみ。
すぐに沢は直角に右へと曲がり、「うなぎの寝床」と呼ばれるゴルジュに到着。気温が高ければ泳ぐと気持ちのよさそうなところだが、今日は右側のバンドを進む。「うなぎの寝床」が終わってバンドは途切れるのでいったん河原に降り立つ。先にバンドがあるが一旦、へそまで水に浸かりながらトラバースして再びバンドに這い上がる。この数十メートルの区間はとても面白い。
息をつく間もなく、次々と見せ場が続く。沢は今度は左へ直角に曲がる。曲がり角まで行かずに30mほど手前から左手の岩場を登ると気持ちの良いスラブが広がっている。大ナメ滝の轟音が聞こえるがここからはその全貌を見ることはできない。いかにも巻きやすそうな潅木帯が左斜面に展開しているがラインは右だ。水中のスタンスを拾いながらトラバースし大ナメ滝のスラブ帯へと入っていく。スラブを少し登ると大ナメ滝の全貌が見渡せるようになる。水流がひょんぐっている。水量が多いので豪快。然るに優美なスラブが左岸に続く。登り切るのがもったいないようなスラブだった。前方にはすでに十字峡をなす抱きかえり沢の50m滝が見える。十字峡で昼食にしようと足早に登っていく。丁度テラスのような一枚岩の岩盤があったのでザックをおろす。ここで本流はまたしても左へと直角に曲がっている。上流には狭いゴルジュの奥にチムニー状の滝が見えるが、側壁が低く、空が広がっているので明るく開放感がある。昼食はあらかじめ湯煎しておいたレトルトパックのご飯、それに昨夜焼いておいたサーロインステーキが400g。ステーキはジップロックに入れておいたが、半分は食べきれず。
のんびりした休憩を終え、ゴルジュに入っていく。左側をトラバースできるが一箇所だけ残置スリングを利用して下るところが面白い。岩盤がとても美しく登っていても楽しい。チムニー滝も左を簡単に越えることができる。このあたりの景観は巻機の米子沢に少し似ている。チムニー滝を越えるとすぐに樋状のナメ滝があって、それにつながるようにして二段20mの抱きかえり滝が控えている。この滝は一段目の左端を登り、二段目は左から巻く。泥がぬめっており、渓流シューズでは滑りやすい。ピンソールをはけば良かったと思った。
抱きかえり滝の上流もまた美しい。ナメと釜がいくつも連続して明るくひらけた谷筋を、岩盤に吸い付くようなシューズの感触を楽しみながら登っ行く。この沢はゴロタ石の河原部分というものがほとんど存在せず、露出したなめらかな岩盤の上を遡行するので、とても歩きやすく楽だ。
なんともいえない渓谷美はしばらく続き前方にまたしても滝。10mの大きな滝だ。左側のチムニー状から一枚岩を抱きかかえるようにして右へ一歩移動し登る。この滝を越えるとすぐに正面から七ツ小屋沢が流入。本流は左の4m滝だ。さらに樋状の小さなゴルジュ状の滝の左側をバンドにそって登っていく。これを登り切ると左側に七ツ小屋沢が見下ろせ、七ツ小屋沢には大きな滝がかかっているのが見える。ここは奇妙な地形をしており、本流増水時には、尾根を乗越してここからショートカットするように濁流が七ツ小屋沢へと流入しているようだ。
本流はまだまだ美しい岩盤が続く。上空はるか高みには送電線が谷を渡っている。左側には草の茂った河岸段丘があってその上は快適なビバークサイトになっていると推測できたが確認せずに先へ進む。
次の8m滝は左を巻き、やさしい二段滝を登ると、湯檜曽川最大の難所、落差10mの幅広滝(裏越えの滝)にたどり着く。
この滝が難所とされるのは直登よりも高巻きの方が危険と判断されているからだろう。つまり直登するしかないということである。この滝の一般的なラインは右から取付き、水流の裏側をくぐって左へとトラバースし、そこから左壁を直上すると言うものだ。ところが実際に現場で水流を目の当たりにすると、とても裏側をくぐることなどできそうもないように見える。水流がザックに当たるとその圧力で壁から引き剥がされそうになるのではないかと懸念して空身で取付く。
ところが案じていたほどでもなく、水流の裏側は圧力のない空白地帯となっており問題なく左へとトラバースすることができた。これはちょっとした感動だった。
さっそく落ち口の10mほど上流部にある潅木に入念なバックアップを施したアンカーを設置してセルフビレイをとり、ザックの荷揚げを行う。ところがザックがオーバーハングに引っかかって上がってこない。滝の轟音で妻との会話は不可能。滝の下から妻が身振り手振りでコミュニケーションをとろうとしている。なんとなくその意味がわかり、ロープを引く方向を変えたりしながらかなりの時間を要してようやく引き上げることに成功した。ザックの回収に成功し、さっそくロープを下に投げる。ところが釜が大きいためにロープが妻のところまで届かない。結局、妻は肩まで水に浸かってロープをキャッチ。この滝は瀑水を横切るまでは技術的にも易しく、万が一瀑水に打たれて体が飛ばされても釜に落ちるだけなので、ザックの当たる水圧をさほど考慮する必要性はないということを登り終わってから知った。
更に滝は続くが、腹が減ってきたので大休止。いつの間にか曇り空になり妻は寒いという。十分に休んで遡行を開始する。
いよいよ本日の最終局面となる赤茶けた6mと8mの二段滝。この滝の前後は岩盤の質が変化し、赤茶けたもろい岩質となる。いきなり剥離する可能性のあるホールドを慎重に処理しながら一段目の6m滝の左を登る。フリクションが効くので技術的には問題ない。次の8m滝の下に立った。正面を登れなくはないが、ちょっぴり危険だ。クライムダウンして6m滝の下まで戻り、右を高巻く。ここも草付の一部がドロでぬめっており慎重に登る。やはりピンソールが欲しいところだ。
そしてクライマックス40m大滝だが、その手前にある小滝の釜が渡れない。釜が深くて小滝に取り付けないのだ。どうしたものかと逡巡していたら、男性二人組みの後続パーティーが追いついてきた。彼らは少し様子を伺っていたが高巻くことにしたようで、少し下流へ戻って左岸(向かって右側)の斜面を登り始めた。もしこの滝を高巻いてしまうと、大滝も一緒に高巻くことになる。
私たちは、この小滝を深い釜に胸まで水没しながら右側から越える。妻は背が立たないので体を浮かせながらへつってきた。
この小滝を越えると本日最後の滝であり、湯檜曽川本谷最大の滝でもある40m大滝の下にたどり着いた。二段になった大滝は水量も多く、しかも水温が低い。一段目は階段状で易しいのでビレイなしで登れるが、冷たい水を浴びながらのシャワークライミングとなる。全身ずぶぬれ。
一段目を登り切るとテラスがあって、ここでロープを出す。妻にビレイしてもらい左手の垂壁に取り付く。ランナーとして使えるハーケンが3本打たれており、これらにそれぞれひとつづつ計3個のランナーを取って登りはじめる。正面はややオーバーハング気味ながらガバホールドの連続なので技術的には易しく、しかも岩が固い上にランナーがあるので、安心して登ることができる。フリクションも良く効くので登ることがとても楽しく感じられる。
傾斜が強いのは出だしの5mだけで、あとは傾斜のゆるい岩場を慎重に20mほど登ると潅木帯直下までたどり着くことができ、ここで潅木を支点にして妻を確保する。瀑水の轟音で声を聞き取ることはまったくできないので、合図に笛を吹く。妻も順調に登ってきた。登りついた妻によれば瀑水の轟音にかき消され笛の音すらほとんど聞こえなかったという。
ここから大滝の落ち口へ向かって水平に30mほどトラバースしなければならない。草付のいやらしいトラバースを想像していたが安定した踏み跡だったので一安心。ただし右側は40m切れ落ちており高度感は満点。今夜の泊まり場は峠沢出合を予定してるから、大滝の落ち口に立つことができれば今日の行動も実質的には終了と言うことになる。先行者の焚き火の良い香りが流れてくる。
大滝の落ち口から3分ほどで峠沢出合の20m手前にあるビバークサイトに到着。先着の三人パーティーがタープを張り、焚き火をしていた。右側の斜面の上に良いサイトがあることを教えてくれた。ではということで右の斜面へ登ろうとすると土合駅で一緒だった男女二人連れがすでにテントを張っていたようで「やぁ」という感じで向かい入れてくれた。
沢底から10mほどの高みには、JRの給電鉄塔の巡視路があった。巡視路は幅2mにわたってきれいに刈り払いが行われており、これが格好のビバークサイトになっている。しかも近くには水場となる小川が流れており理想的な環境だ。
さっそくテントを張り、水を汲み、湯を沸かす。下地は草地なのでふかふか。マットなど不要なほどにクッションが効いている。まったくもって天国のようなところである。
この巡視路をたどって旧国道である清水街道へエスケープすることを、視野に入れて計画していたが、明日の天気が良ければ、このまま本流を遡行し朝日岳へ詰め上がることにしてランタンの灯を消した。

9月20日(月曜日)雨のち曇り時々晴れ

2時過ぎ頃から雨がぱらつき始めた。降ったりやんだりを繰り返していたが本降りにはならない。いずれにせよ晴れが期待できないので、清水街道へエスケープすることを決めて、暖かいシュラフの中で再びまどろむ。今日の行程に不安な要素はほとんどないことを感じながらシュラフにくるまっているのは、実に幸せなひとときだ。
やがて雨は本降りになってきた。7時過ぎにテントを撤収して出発しようとザックを背負いビバークサイトの最終点検をしていて驚いた。
となりの男女二人組みのサイトに焼却途中のゴミの山があったのだ。雨が本降りとなったために焼却しきれなかった8割がたを放置したのだ。沢歩きをしていて釣り人のマナーの悪さにあきれることは再三であったが、まさか山屋がゴミの投棄をするとは・・・。いまどきこのような登山者いることに驚きを隠せない。どこかの山岳会風男女二人連れだったから、山岳会ぐるみでゴミを投棄する習慣があるのだろう。そうでなければ仲間に注意されるはずだ。とてもこのまま放置することはできないので、再びザックをおろしゴミを回収する。丁寧に拾い集めビニール袋に入れて私のザックにくくりつける。
ゴミ処理が一段落し出発。
本流を横断し対岸へと続く巡視路を登る。巡視路の刈り払いは頻繁に行われているようで、一般的な登山道よりも整備され歩きやすい。10分ほど登ったところに平坦地があったから、天候が不安定な場合などここでビバークすれば本流を徒渉することなくエスケープできるので言うことなしだろう。
巡視路をゆっくり30分ほど登ったところで旧国道である清水街道に合流した。
清水街道は旧国道だけのことはあり、ところどころで斜面の崩壊地のトラバースがあるものの歩きやすい水平道。歩いていると雨も上がり爽快な気分になってくる。鉄砲尾根の鉄塔周辺はとても気持ちの良いところでザックをおろしてしばらく休憩する。春や秋の日にここでビバークしたら最高だろう。そんな素敵な場所だった。
やがて白樺避難小屋へ到着。懐かしい避難小屋である。あの時、雨の中15歳の私はバテておりこの小屋に入るなり一瞬気を失ってしまった。そんなことがついこの間のことのように思い出される。
白樺沢まで水を汲みに行く。往復15分。今日は薄日が射して暖かい。湯を沸かして味噌汁を作り弁当を食べる。昨日大滝下の小滝で高巻いた男二人パーティーに再会。
もうここからはひたすら下るだけ。歩きやすい登山道だから行程もはかどる。
虹芝寮に立ち寄る。登山史の一ページを飾った小屋なので妻に見せたかったのである。こんな小屋に泊まって一週間を過ごすことができたらどんなに素敵なことだろう。
いつの間に拾ったのか、妻のウエストポーチには栃の実がつまっていた。
谷川温泉の湯テルメでゆっくりと汗を流し、関越道50kmの渋滞を乗り越え自宅には20時半に帰宅できた。


9月19日 9月20日
新道マチガ沢駐車場 6:07 峠沢出合 8:14
芝倉沢出合 7:09-22 清水街道合流点 8:44-52
武能沢出合 8:14 鉄砲尾根 鉄塔 9:35-46
湯檜曽川本谷河原 8:21-50 白樺避難小屋 10:55-11:49
大ナメ滝下 10:02 JR小屋・虹芝寮 13:14-30
十字峡 10:17-34 新道マチガ沢駐車場 14:11
抱き返り滝 11:03-11:30
七ツ小屋沢出合 12:35
10m裏越えの滝 13:39-14:31
大滝 16:21-59
峠沢出合 17:03


オンラインアルバム


周辺の記録
2010年8月28日湯檜曽川白毛門沢
2010年8月21日宝川ナルミズ沢
2008年10月3日巻機山米子沢
2004年9月4日巻機山米子沢