2004年初秋

巻機山 米子沢

2004/9/4土曜日

「米子」と書いて「コメコ」と読む。
それにしても美しい沢である。
そして癒される沢である。
さすがに山岳雑誌のグラビアを幾度となく飾ってきた沢だけのことはある。
か様に美しい沢に首都圏から夜行日帰りができるとなれば人気殺到も致し方ない。
そして、この沢を紹介する遡行ガイドブックのいずれもが技術的には平易であると記述している。
だが、米子沢は事故の多い沢でもある。私の身近なところでも一緒に机を並べて仕事をしたことのある若者が米子沢で亡くなるという痛ましい事故が23年前にあった。
まず易しい沢だという先入観を捨て去り、巻き道のはっきりしているいくつかの滝の直登はやめるべきである。そして巻き道の斜面のトラバースには注意を怠らぬことだ。

9月4日 曇り→晴れ→曇り→雨→豪雨

先週の土曜日も天気が思わしくなく予定していた笹穴沢の遡行は中止となった。そこで今週は一泊二日の日程をとって「宝川ナルミズ沢に行こう」と細田さんと打ち合わせていたのだが、今週も天気がはっきりしない。
気圧配置から見て新潟県側の天候悪化は少し遅れるのではないかという細田さんの見解である。
「で、どうする?」
「新潟側へ入れば土曜日はなんとかもちそうだけど、日曜日はダメだね。日帰りで巻機山の米子沢ってのはどう?」
との細田さんの提案
「そうしようか」
こんな電話でのやりとりがあったのは木曜日の夜。
金曜日の夜、21時30分に四街道を出発し、外環経由で和光ICからJR武蔵野線新座駅で23時に細田さんと待ち合わせて関越自動車道にスバルを走らせる。
ところが沼田あたりから雨模様。こりゃダメかなとも思ったが国境トンネルを越えて越後側へ入ると路面は乾いている。細田さんの読み通りである。巻機山の登山口である新潟県南魚沼郡塩沢町清水の駐車場には所沢ICから2時間ほどで到着することができた。
テントを張って仮眠の準備をするが寝酒を少々ということになりビールとウイスキーを呑んで3時頃就寝となった。
7時に起床してみると駐車場は満車でバスなども止まっている。さすがに日本百名山だと感心する。その中で沢へ入るのは私たちを含めて四パーティーのようだ。
細田さんは二日酔いらしい。
「私と同じ量の酒を呑んだからだね」
と私が言うと
「三分の一しか呑んでないんだけどな」
といっている。
沢へ向かうパーティーのしんがりとなって8時30分に出発。
駐車場の脇に一滴の水も流れていない涸れ沢があって大きな堰堤が何段も建設されている。これが米子沢である。信じられないような荒廃した沢の様相にびっくりする。
細田さんも冬にスキーで滑降したことはあるが雪のない季節に登るのは初めてだという。
さて、この大きな堰堤を越えていくのかなぁと思っていたら、駐車場から車道を麓のほうへ100mほど戻って、山の方へ分岐している舗装された林道へ入っていく。この林道は米子沢と平行に左岸を登っているようである。しばらく登って米子沢の河原へ降りる。
私一人だったら、間違いなく駐車場から涸れ沢へ直接降り立って大きな堰堤を一つ一つ越えて行こうとしたであろう。そして数個の堰堤を越えたところでいやになって下山していたかもしれない。
降り立った米子沢には最上流の堰堤がそびえているが堰堤の真中に切れ込みがあって難なく通過できた。
それにしても歩きにくい河原である。
相変わらず水は流れていない。
積み重なる岩は安定しておらずグラグラと動く岩も少なくないので慎重に足を運んでいく。流木の散乱も激しく、白い花崗岩の表面には苔も見られない。頻繁に大規模な増水が河原を洗い苔の生育を妨げているのであろう。明るい曇り空の下で辛抱強く歩く。
30分ばかり歩いていると水流が現れ始めた。沢の幅も狭まり徐々に左右に花崗岩の岩盤が露出し始める。
岩盤の露出がいよいよ頻繁になり歩きにくい河原歩きが終わると前方にスラブ状の滝が見え始めた。先行する二つのパーティーが滝の下で休んでいる。
この滝が一番最初の滝である。傾斜のゆるいナメ滝で水がまさに岩の表面をなめるように滑り落ちている。水が少ないこともあって水流の右手から慎重に登りはじめ途中から滝の中心部へと移っていく。
これを越えて少し登ると次の滝だ。先ほどの滝に比べると難しそうだ。滝の左手を少し登っていくと踏み跡に導かれ高巻くことになる。
この高巻きはかなり大規模で一気に数個の滝を高巻くような形になる。
高巻き途中で一度だけ、こずえの隙間から前方に滝が見える場所がある。潅木につかまって身を乗り出すようにして良く見ると傾斜の強い大きな滝だった。些細なミスで死亡事故になりそうな悪相の滝である。
この滝を「簡単」という情報を鵜呑みにして登ったり自慢する登山者がいるとしたら、それはまぎれもない愚か者だと思う。このあたりは高巻き道も草に覆われて踏み外しやすく慎重に歩く。
一の倉沢のヒョングリの滝に似た滝もあり、ナメ滝がどんどん続く。
ゴーロをほんの少しの間だけ歩くと遡行図にある上部ゴルジュ帯の入り口にたどり着いた。ゴルジュといっても小規模なもので中にトロがあるわけではない。小規模な垂直の滝がいくつもかかっている。踏み跡に導かれて急斜面をトラバースしたり、易しい岩場を上り下りしながらどんどん進む。それでも安易に登って落ちるとただでは済まないので要所では慎重に登路を求めていく。
やがて大きな滝の下にやって来た。滝の上では先行パーティーが休んでいる。
正面は垂直であるが右側の草付との境を登ることができる。
「この上が大ナメだな」
と細田さんが言う。
滝の上に立つと草原の中にナメが続いている。
時々ガスに覆われて見通しが利かなくなるのが残念だが充分に美しい。このように美しい風景というのはすぐに終わってしまい勝ちだがこの大ナメは延々と続く。ところどころで10m程度の垂直の滝でさえぎられるが、その上にまたもやナメが続く。
そのような繰り返しを続けていくと少しづつ水量が少なくなっていく。源流が近いようだ。
草原の中で水流は二手に分かれる。上部の二股である。右の沢を登ると山頂へ至ることができるのだが踏み荒らしから環境を守る為に現在では立ち入りが禁止されている。
従って左の沢に入る。流れはいよいよ可愛らしくなり50cm程度の幅になる。
源流なのに傾斜は一向に強くならず草原の中を蛇行している。二股から20分ほど登ると左の台地に焚き火の跡があり、よく見るとその奥のヤブの中に踏み跡がある。どうやらこの踏み跡が巻機避難小屋へ続くものらしい。ということはここが遡行終了点である。
ザックをおろし、沢装束を解く。
のんびりお菓子などを食べていると数人の登山者が水を汲みに来た。
30分も休んでからようやっと腰を上げ藪の中くぐって草原にでる。草原の向こうに巻機山避難小屋が建っており、そこまで草原の中の木道をたどる。避難小屋の前には数人の登山者が休んでいた。小屋の中を覗いてみるとなかなか立派で快適そうである。
いつのまにか空は雲で覆われ一雨きそうな雲行きになってきた。ジョギングシューズを忘れてきた私は沢タビのままで下降を始める。
沢タビによる爪先の痛みに耐えながらがんばって下降したのだが、駐車場まであと20分のところで土砂降りの雨につかまった。


土砂降りなのは新潟県内だけだろうと思っていたが関東地方に入っても雨脚は弱くならない。関越自動車道に入り首都圏が近づくと雷と共に雨は一層激しくなった。ラジオでは関東地方各所の大雨洪水警報を告げている。JR武蔵野線の新座駅にて細田さんを見送る。
荒川沿いの高架を走る首都高の一部が水深30cmの冠水状態になっているのには驚かされた。


駐車場07:52
最初の滝下08:35
出合08:43
滝上09:04
ひょんぐりの滝09:27
大ナメ開始地点10:48
二股12:01
終了点12:18--12:39
避難小屋12:43
駐車場14:27















































参加者:細田浩、賀来素明