2008年 秋

巻機山 登川

米子沢

2008/10/03--04

米子沢のクライマックス・大ナメ

9月26日、会社へ行こうといつもの通り朝4時に起きたら、長女敦子からのメールが着信していた。
「10月は2(夜勤明け)、3、4休みです」
発信時刻は、午前2時13分だった。
そういえば、昨晩敦子は夜勤のはず。病院勤務の夜勤のさなかに山へ行きたいとメールしてきたのだ。
数週間前、敦子は
「空のあるところに行きたい」
と言っていた。
空のあるところってどこ?と問うと
「周り中が空のようなところ。例えば北アルプス西岳のキャンプサイト」
私は敦子の希望がかなうように10月3日金曜日に休暇をとり計画を立案した。

10月2日(木)

18時40分いつもより早めに会社を出た。
品川駅へ向かうコンコースから敦子に電話すると
「まだ病院にいて、いま勉強会をしている」
何時頃終わるのかと問うと
「夜8時頃には終わりそう」
夜勤とはいえ前日も午後2時頃に出勤し、お昼頃帰宅するのが普通だから22時間勤務かと思っていたが、今日はすでに28時間になる。
絶句するほかない。
20時前に四街道駅へ到着すると、妻が敦子を乗せて駅前に待っていてくれた。勉強会の終わった敦子を妻が迎えに行き、そのまま駅まで来てくれたようだ。簡単にシャワーを浴び、大急ぎで山の準備をして、21時過ぎに四街道の自宅を出た。

10月3日(金)晴れ

0時30分に巻機山への一般登山道の出発点である桜坂駐車場に到着した。ウィークデーだというのにすでに数台の車が止まっていたのは意外だった。すぐにテントを張ってシュラフにもぐりこむ。敦子はすぐに寝入ったようだ。私もビールを呑んですぐに就寝した。
3時間ほど仮眠して夜の明けるのを待つ。明るくなってから敦子を起こそうとするがなかなか起きない。無理に起こすのも気の毒に思いしばらくそのままにする。
6時30分。一泊分の食料と装備をザックにつめて歩き出した。寝起きすぐには食欲のない敦子なので、しばらく歩いて体が目覚めたころにゆっくり朝食をとることにしていた。
桜坂駐車場から米子沢橋を渡ってトイレのある場所で左から合流する舗装された林道へ入る。
林道の両側はススキの穂が白く茂って秋の風景だった。
20分ほど歩いて米子沢へ下る分岐の二つ目を左へと入ると、すぐに記憶にある堰堤が見えた。この堰堤は真ん中が窓になっている特徴的なものだ。
米子沢の河原にはまったく水は流れていない。真っ白な岩が積み重なって上流へと続いている。
うっすらと額が汗ばみ始める頃、最初の滝のF1下に到着した。ザックを下ろし、朝食である。秋の朝、谷底にはまだ陽が射し込まず、肌寒い。
沢の水を汲みバーナーに火をつけ湯を沸かす。おにぎりとカップ麺。暖かい食事にほっとする。
F1を右から越えると、ナメ沢が真正面から流入する合流点である。合流点から米子沢本流は少し屈曲する。
左側にあるナメ沢と本流の境のリッジを登る。
この緩やかなリッジを登っていくとごく自然に40m三段滝の巻き道へと導かれていく。巻き道はほとんど登山道状態で遡行者の多いことを物語っている。登山道といってよい道をどんどん登っていく。沢へ降りる部分も容易である。20分ほどで40m三段滝を巻くことが出来た。
ゆっくりと休憩したいところだがまだ谷底へ陽が射し込まない。今しばらく登り続ける。
沢床は花崗岩のナメで、ヒタヒタと渓流シューズのフェルト底のフリクションを効かせながら慎重に登っていく。しばらくして陽が射しこみ、陽だまりとなった。青空の下でザックを下ろす。足を伸ばして平たい岩にもたれかかり背伸びをする。真っ青な空が広がっている。バーナーで湯を沸かし玄米茶を飲む。
美しいナメを登り続けると一旦、ゴーロになる。このゴーロは短いもので、その先にちょっと難しい滝がある。小さな滝で落ちても釜にドボンと落ちるだけなので危険度は低いが、クラック沿いの登路はぬめっているので簡単ではない。前回は水量が少なく乾いてたのでクラックの出口にハンドジャムを決めたのだが、今日は濡れてヌルミがあってジャムが決まらない。やや強引に抜ける。ここは敦子をビレイする。
続いてすぐにある12mすだれ状美瀑は、下から見ると左の沢から流れ込んでくるように見えるが、実際は本流の滝である。細い沢が左から流れ込む地点で本流は右へ屈曲しているのでそのように見えるのだ。
この先で、たくさんの尖った大岩で構成されたゴーロになる。このゴーロを15分ほど歩くと沢は大きく左へ屈曲しゴルジュ帯へと入っていく。
このゴルジュ帯も米子沢の見せ場である。なるべく水線沿いにたどっていくと時には腰まで水に浸かったりする。こまめに敦子をビレイし、右へ左へと折り返しながらゴルジュ帯を先へ進む。両岸が切り立って沢は幅が狭くなり、なかなか見ごたえがある。
ゴルジュの中に見つけた陽だまりで昼食にする。敦子はさすがに眠いらしい。ドリップコーヒーを淹れくつろいだ。
その先で円形劇場のようなプールに落ちる滝を右から越えると、本流はその幅が極端に狭まってチムニーのようになる。前方に見える滝はそのチムニーを割るように落ちている。とても水流沿いにはいけないが、うまい具合に右側にバンドが走っている。このバンドは安定したものだが落ちると高さがあるのでただことではすまない。慎重に進む。
チムニーを越えると圧倒的な印象を与える二段滝である。二段目の滝つぼには虹がかかっている。一段目は左を登り、二段目は右を登る。これを越えるといよいよ大ナメ直下の幅広の滝である。左を登る。
お目当ての大ナメである。ただし、傾斜が微妙で、場所によってはスリップする。もしここでスリップすると下の滝をダイビングして落ちることになる。一見、安易に見えるこのような場所こそ危険性に満ちている。慎重にルートを選びながら登る。
大ナメは50mほどで一旦、滝で区切られる。この滝は幅も広く威圧感のない開放的な明るい滝である。これを左から越えると大ナメは本格的に展開していく。
相変わらず傾斜は微妙で、スリップしないように注意しながら登っていく。
真っ青な空にナメが続いていく。
途中で、右側から清水が湧き出ている場所がある。ザックを下ろす。4年前にも細田さんとここで休んだ。湧き出す水はさほど多くはないが、冷たくてとてもおいしい。
両側は草原状態になって開放的な風景である。この大ナメはかなりの距離続いて、草原の中の滝で終わる。
大ナメに終止符を打つ滝の上で一旦、ゴーロがあるのでがっかりするがそれはとても短いもので、すぐに素晴らしい景観が再び始まる。沢は小川のようになって、箱庭のように草原の中を蛇行していく。いくつか小さな滝があるがこれがアクセントになって風景を引き立たせてくれる。
そして二俣に到着。
ここも素敵な場所だ。右は巻機山へ突き上げているが、自然保護の為に立ち入り禁止である。したがって左へ入る。
遡行終了点までもうすぐだ。
敦子がキイチゴを見つけた。口に含んで
「お父さん! おいしいよ」
どれどれ
「おいしい!」
チョッピリ渋みがあって甘酸っぱい。
両側にはキイチゴがたわわになっている。
そして遡行終了点に到着。左岸が裸地の台地になっている。ここでザックを下ろし、渓流シューズを運動靴に履き替える。ハーネスも外し、ヘルメットも脱ぐ。そして、水を汲む。10リットルの水を5リットルづつ二人でそれぞれ担ぐ。
ブッシュの中の小道を這い上がるようにして草原へ出る。
真正面に、今夜の宿となる巻機山避難小屋が見える。あたりは秋の気配も濃厚ですでに草紅葉となっている。赤く紅葉した潅木が目にしみる。
4年前に細田さんと訪れたあと、避難小屋が新築されたことを知っていた。だが外観は以前と同じように見える。ワクワクしながら小屋の戸を開けた。
小屋の中は木の香りに満ちていた。
そして誰もいなかった。二階に上がって、荷を降ろした。マットを敷き、寝床をしつらえる。まだまだ日は高い。日没までずいぶん時間がある。小屋の裏手の窓からは携帯電話が通じた。仕事上の気がかりなことがあるのでまずは勤務先の西田さんに電話する。そして自宅にも。いつもの通り妻とのんびりした口調で話す。
窓を開けると紅葉の巻機山が見える。それは額縁の中に納まっているカレンダー写真のように見えた。
心地よい風が小屋の中を流れる。お茶など飲んでごろごろする。
西の窓から夕陽が射し込みはめた。
私は夕食の準備を始めた。まずは米に水をはる。そうしてから食卓の準備をする。しばらくしてからたまねぎを切り、調理の準備が済んでから、バーナーに点火した。米を火にかける。
今日の献立はカレー。以前、岳食カレーという登山用のカレーがあったけれど、この不味さといったらなかった。これに代わって発見したのがハウスのザ・カリーだ。このカレーはルーだけでも十分においしいが、たまねぎを入れるとさらにおいしい。
薄暗くなってきたのでランタンの灯を入れる。小屋の宿泊ノートを読む。60歳代の登山者が多い。そんな中で9月に四街道在住の年配の女性の方が宿泊していたことを知ってうれしくなった。
寝そべって私はカワハギを焼き始めた。こんがり焼いて、酒の肴の準備である。
敦子の話を聞きながら、富士山麓というウィスキーをいつものとおり沢の水で割ってチタンマグカップで呑む。
チョッピリ夜更かしをして21時に消灯した。

10月4日(土)晴れ

明るくなって、窓から外を見るとガスに覆われ、小雨が降っていた。あいにくの天気になってしまったのかと落胆する。
昨夜のうちに用意していた朝食を食べる。
小雨も止んだようなので、山頂まで往復することにして6時半過ぎに小屋を出た。出発した時はガスに覆われていたが、20分ほど登って稜線に登りついた頃から薄日が射しはじめた。どうやら晴れそうである。最高点まで往復し、小屋まで戻るころには晴れていた。
30分ほどでパッキングと掃除を終え、8時5分に小屋をあとにする。
事前に予想していた通り、百名山なのでたくさんの登山者が登ってくるのにすれ違った。やはり年配者が多い。
途中、二回の休憩を含んで二時間ほどで出発地点の桜坂駐車場に戻ることが出来た。駐車場は満車状態であらためて日本百名山の加熱ぶりを知った。
その後、温泉に入って帰宅したことは言うまでもない。
四街道の自宅に帰宅した時にはまだ陽が高かった。
次に敦子と山にいけるのはいつだろうと思いながら、渓流シューズをガーデンテーブルの上に干した。


「危険 米子沢には危険箇所が多数あり、初心者の安易な入山は遭難事故を招きます。入山者は、装備・計画の確認を 南魚沼警察署」との看板が設置されている。まったくそのとおりで、2004年の記録にも記述したが米子沢は死亡事故の多い沢である。



40m三段滝への巻き道へ導かれていく
左はナメ沢、右は本流



クラックは短いがヌルヌルして登りにくい



12mすだれ状美瀑の右手を登る



ゴルジュ帯の円形劇場のようなプールを持つ滝



ゴルジュは狭くなって左岸のバンドを進む
易しいが高さがあるので要注意



大ナメが終わっても谷は美しい



草原の先に巻機山避難小屋がある



翌朝、起きるとガスっていた
草紅葉の草原を巻機山山頂へ向かう



稜線に出ると朝日が射し込み始めた



池塘



お世話になった小屋



あっちゃん、今回もありがとう


10月3日 ・・・・・・・・・ 10月4日
桜坂駐車場 6:30 巻機山避難小屋 6:35
河原 6:55 稜線 6:55
F1下(朝食) 7:35 -- 8:10 1967mピーク 7:05
三段40m滝上 8:40 巻機山避難小屋 7:35 -- 8:05
クラック滝 9:50 6合目展望台(1350m) 8:55 -- 9:10
すだれ状美瀑 10:05 桜坂駐車場 10:15
ゴルジュ入り口の滝 10:30
チムニー滝下 11:30
大ナメ直下滝 11:45
大ナメ終了 13:00
二俣 13:50
遡行終了点 14:10 -- 14:30
巻機山避難小屋 14:35