2007年 初夏

那須山塊 那珂川源流

苦土川 井戸沢

2007/05/27

源頭部でピッケルをホールド代わりに草付に打ち込みながら登ってくる素直

田植えも終わって水を張った田んぼが那須の山々を映して一面に広がっている。初夏を迎えた那須連邦の稜線では雪もあらかた消え、渓の水もぬるんで渓流遡行のシーズンインである。
今年初めての沢歩きに選んだ那珂川源流苦土川の井戸沢。美しい花崗岩の滝は、ひとつを除いてはそのすべてをぐいぐい登ることができ、源頭には背の低い笹と草原が明るくのびのびと広がっている。たどり着いた稜線には日本庭園にあるような小道が続き下山すれば板室温泉の幸乃湯の露天風呂が待っている。私にとって5度目の訪問となる井戸沢は理想的な渓歩きができる名渓で、これからも幾度も繰り返し登り続けたい。

5月26日(土)晴れ

土曜日の内に那須へ入る。三斗小屋宿場跡へと通じる林道は数年前から鎖によって閉鎖され、関係者以外は通行できなくなってしまった。その通行止めの橋の鎖場の脇に車を止めて、20m離れた平地にテントを張った。目の前の渓流とブナの木々に囲まれたご機嫌なサイトで、タープの下にテーブルと椅子を並べてくつろいだ。素直は岩の上で昼寝。私は夕食を作りながらちびちびとやる。

5月27日(日)晴れのち曇り

のんびり出発し、三斗小屋宿場跡を経由して9時半に井戸沢の入渓点となる那珂川源流にかかる湯川橋に到着。渓流シューズやスッパツなどを装着し準備を整えて立ちあがった。
貧相な井戸沢出合からしばらくゴーロを歩く。ゴーロは20分程度続くが、この先に関東地方屈指の美渓がつづいているなど信じられないようなボロ沢に見える。越後巻機山の米子沢も小一時間ほど退屈なゴーロが続くがあれに似ている。
F1を越えF2の下に立つ。まだ出発してから30分しかたっていないのに、おなかがすいて仕方がないと素直が言う。いつもの通り4時に起床して早飯したせいか確かに腹が減っている。ザックの中にはカップ麺が二つ。これっきりしかない。F2を越えていくつかの滝を登ってから湯を沸かしてカップ麺を食べる。食べ終わった後、すぐに素直は「もっと食べたい・・・」と言い出した。水ならたくさんあるが、他に食べ物はない。ザックの底を探って見ると4月の山行の時に放り込んだキャラメルが数個出てきただけ。行動食用のバックを忘れてきたらしい。とても落胆している素直。すまん・・・、大失敗だ。
一応、カップ麺を食べたのでひとまずは我慢ということで歩き出した。
美しい花崗岩の渓が続く。息つく暇もないくらいに滝が連続する。
素直いわく
「黒部みたいな感じがするね」
落差のある滝は標高1400m付近にある二股で一段落する。腰掛けるのに都合の良いテーブルのような岩がある。私は毎回この岩に腰をかけて休憩する。今日も素直と二人で腰掛けて休む。お腹が減ったな・・・。キャラメルを食べよう。二個食べた。二股からは徐々に傾斜が強くなって沢はルンゼ状となり雪渓に覆われるようになった。沢は一面雪で埋まって上へと続いている。源頭部での雪渓は想定していたのでピッケルを持ってきている。渓流シューズと渓流タビのいでたちなのでステップカッティングをしながら登っていく。12本出歯のアイゼンが一般的になった今ではカッティングを経験したことのないクライマーが大半かもしれない。しばらく登っていくうちに素直もステップカッティングの要領を覚えたらしく軽快にステップを切っていく。
それにしても腹が減った。成田高校山岳部員として鍛えられているハズの素直もシャリバテでしゃがみこんでしまう。
「おとうさん、腹へって死にそう」
キャラメルはあと二つしかないので我慢して残しておくことにする。
しばらくすると雪渓の傾斜が増してきたので左の尾根へと逃げる。稜線を行く登山客が見える。なにか恵んでもらえないだろうかなどと思ったりしている自分に気づいたりする。笹を掻き分けながら稜線にたどり着いた時にはほっとした。ところが渓流タビを履いている私は沢の中でつま先を岩にぶつけてしまい、右足の中指の爪がはがれており、下りになった途端にまともには歩けなくなる。痛みに耐えながらカタツムリのように大峠へと下っていく。普通なら下山路は中ノ沢を使うが、今日はいったん三斗小屋温泉まで行くことにする。とにかく小屋までたどり着けば、何か食べ物があるだろうと考えたのだ。中ノ沢を横切るときに残ったキャラメルを食べた。あと少しだ。登りになると足の痛みもやわらぐので少し楽だ。
やっとで三斗小屋温泉の大黒屋に到着。交通機関はなく自分の足で歩く以外にたどり着く手段のないいわゆる秘湯である。やっと何かを口に入れることができるとほっとした。
入り口で70年配のお爺さんが笹たけのこの皮をむいている。
「あのう・・・ジュースやお菓子など何か食べるものは売っていませんか」
するとお爺さんは
「そんなものはおいてねえ」
問答無用という感じで何たる無愛想。素直などは落胆のあまり泣き出しそうだ。やむを得ずザックをその場に下ろし、もう一軒の宿「煙草屋旅館」へ行く。恐る恐る
「ジュースありますか?」
「ありますよ、何がいい?」とおばさんの優しい応対。ほっとしました。ここでお菓子はないですかと聞きたかったけれども、ひょっとして拒絶されたらショックなので言い出せず。それでもポカリスウェットを2本手に入れてゴクゴクと飲み干す。あぁやっと人心地がついた。痛い足を引きずりながらとぼとぼと下っていく。長く感じる林道を経てテントサイトに戻ってきた時には、空は雲に覆われ冷たい風が強く吹いて寂しい山の中の夕暮れ時を演出していた。


三斗小屋宿場跡の新緑



F2の巻き道を登ってくる素直
この滝は巻き道もハングしておりビレイ必須だ


F2のすぐ上にある小滝



ハラ減ったぁ
山の中ではカップ麺も最高のご馳走



渓の水も温んでいることが手を通じて感じられる



この滝を越えるとすぐに二股



源流部に至ってもこの通り

源流の雪渓の規模は小さなもの

5月27日
 那珂川 湯川橋 9:28
 F2 9:45
 F2上の昼食 10:06-10:39
 二股 11:16-11:28
 稜線 13:12
 大峠 13:56-14:09
 中ノ沢横断地点 14:56
 三斗小屋温泉大黒屋 15:31-15:57
 那珂川 湯川橋 16:30
 林道鎖ゲート 17:39

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