2008年 春

御坂山塊

三つ峠屏風岩

2008/04/12

観音ルート付近のフェースを懸垂下降する

長男素直が小学校六年生の夏休みに穂高の屏風岩雲稜ルートを登った。ファミリー登山としてはこれを最後に、本番ルートはご無沙汰である。
先日、赤岳主稜を登った時に気がついたことは素直がビレイの基本を忘れていることだった。特にアンカーの設置方法、セルフビレイ、懸垂下降手順、バックアップの4点について私自身の37年間のノウハウの一部をあらためておさらいしておいた方がよかろう。
そういうわけで、今週は岩登りの基礎講習会に妻と素直を受講生として向かえるという形にして三ツ峠へ行くことになった。
三ツ峠を最後に訪れたのは鈴木謙造君(2001年7月25日ミディ北壁フレンド稜単独登攀中に帰天)との巨人ルート以来だから17年かあるいは18年ぶりの訪問ということになる。
岩登りを覚えたのが越沢バットレス、本番クライミングのノウハウを習得したのが三つ峠。そんな1970年代の典型的なクライマーの一人だった私。
お世話になった四季楽園のおじさんも亡くなり、大木さんと泊まった白雲荘も既にない。

4月12日(土)曇り

6時40分に四街道を出発。
あいにくの曇り空だが高速道路に渋滞はなく3時間ほどで旧御坂トンネルも近い裏三ツ峠登山口に到着した。
河口湖畔では桜が満開であった。身支度を整え冬枯れの木立の中を1500m付近まで登っていくと残雪が現れ始め、道はひどいぬかるみとなった。一時間半ほどで四季楽園に到着。
テラスから三つ峠屏風岩を見る。あいにくの曇天で富士は裾野を見せているだけで、雲の中だ。テラスには白いセントバーナード犬が寝ている。
岩場の下に降りる。
代表的なルートの取り付き点に立ち止まり、それぞれの登攀ラインと登った時の思い出などを説明しながら歩いていく。セストグラディスト、巨人、鶴亀、中央カンテ、V字ロック、空間リッジ、直登カンテ、逆V字ハング、四段ハング・・・。
セストグラディストのルート取りを説明した時には妻も素直も信じられないという顔をしていた。
フレークから、一般ルート、日山協。上方にはクーロワール、T字クラック、十字クラック。観音、地蔵。さらに右へ回り込んで草溝、草溝直上。そしてハング。
一通りの説明を終えてから一般ルートの取り付きへ戻る。昔から思っているのだが、一般ルートの取り付き点の広場で荷を広げている人が多いことに驚く。落石に無防備なこんな場所で着替えをしたり、休んでいる人の無神経さに驚く。
私たちは取り付き点の広場から一段下がった岬のように突き出した尾根の突端まで行って、ザックを下ろす。
準備を整えて講習を始める。
ロープの結び方、アンカーの設置、セルフビレイなどの各種ポイントを私が実演し、二人はそれを反復練習する。
ついでリード者の確保とフォロー者への確保。ダブルロープでのランナーの取り方。そして懸垂下降の手順。
観音ルートの懸垂下降は妻にとっては少々刺激的だったようだ。
一通りの講習が終わって昼食。
霧雨模様となる。微妙な状態だが講習を継続する。食後は懸垂下降の手順と下降支点とバックアップ、ロープの連結、セルフビレイ解除のタイミングなどを実際に懸垂下降をしながら実践してみよう。
ハイキングコースをたどって三ツ峠の山頂まで行き、大根おろしの上から懸垂下降していく。時折ガスが流れて一面乳白色のベールに包まれるなど高山の雰囲気を醸し出している。
三ツ峠の良いところは高度感を感じながら作業ができるというところだと思う。高度に対する恐怖は命の危険を感じるということであり、命の危険があるということはクライミングの大前提である。その大前提を肌で感じながらセルフビレイやバックアップ等の重要性を習う。このようなことは机上の講習では難しい。
最後の講習を終え、すっかり閑散とした一般ルートの広場に降り立ったのは既に17時。
手早く荷をまとめて撤収。
去りがたい気持ちで一つ一つのルートを見上げながら幾度も立ち止まる。
「思い出にひたっているんだね」と素直が妻に言っているのが聞こえた。
そうだね、その通りだ。微笑みながらうなずいた。
富士山がよく見える天気の良い日にまた来よう。

小仏トンネルを先頭にして20kmの渋滞表示だったので富士急ハイランド近くのファミレスに立ち寄り食事。素直と私はハンバーグ定食、妻はチキングリルを食べ21時半に自宅に帰りついた。



チョッピリおっかない懸垂下降



楽しい昼食のひととき



十字クラックを懸垂下降する



この休憩場所は気持ちが良かった



素直



お母さん



屏風岩の下はダルマ石からのハイキングコース

四季楽園の犬は大きいが穏やかだ