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1.「無償の征服者」リオネル・テレイ 横川文雄/大森久雄 訳 二見書房

やはりリオネル・テレイを一冊目に選んでしまった。山の本なので山行記録が中心となるのが普通だが、テレイの半生の回想記といった趣のある本でり、10代のころに夢中になって読んだ私にとって思い出深い本でもある。終戦直後の貧しい時代の中でルイ・ラシュナルと気が狂ったようにアルプスの岩壁を次々と登っていく。私が心を惹かれるのはラシュナルとの友情を物語るいくつかの描写である。いくつかの文章を紹介してみよう。
ラシュナルとの運命の導きによりザイルを初めて結び合ったのはモアヌ針峰であるが、その山頂での描写である。

「この素晴らしい展望台の最高点で光を浴びながらむかい側のあたかも巨大な砦のようにそそり立つグランド・ジョラスを眺めたが、いつまでもみあきなかった。とくにわれわれを感激させたのはウォーカー・バットレスだった。その悪いつるつるの壁は1200メートルの高さで、まるで巨人のように天に向かって聳えていた。ちょうどこの日、このウォーカー・バットレスをフレンドとレビュファが登っているのを知っていた。まだ雪が積もっていたが、われわれは成功の見込みについて熱心に話し合った。
《おい、彼らは登れるだろうか》
《そりゃわからんさ。時間さえあればどこにだってゆけるさ、それにガストンは強いから。とにかくこのへんにあるどの山よりも三階級上にあるのがウォーカーだからな》
《だって君は詳しいことはなにも知らないんだろう。いままでにあそこにいったことがあるのか?》
《いいやないさ。ゆくこともないだろう》
《彼らが登ってもか?》
《そうなると話はべつだ。だが問題はいっしょにやるやつがいるかどうかだ。君がやるか?》
《なんだって?そいつは大変だ!ウォーカーをやるなんて考えるだけでも許されないと思っているんだ。ぼくにできると思うかい?本当に大きいところはまだなにもやったことがないんだ・・・》
《そりゃそうだろう。君はまだそんなに経験を積んでいないが、きのうときょう、ぼくは君の仕事ぶりをみたよ。君にはあそこをやるだけの腕があると思う。しかもすごい腕前じゃないか!約束しよう、あの連中に登れたら、こんどはわれわれだ》
こうしてこのささやまな頂上で兄弟のようなつながりが生まれ、やがてアルプスの大岩壁を次々に征服することができるようになるのである。」

当時すでにテレイは山の経験も深く一流クライマーとしての名声を受けていたが、一方ラシュナルは駆け出しで、山への情熱だけが燃え滾っている若者だった。
その後、この黄金ペアはアルプスの高嶺を舞台に美しい物語を繰り広げていくのである。
そしてこの黄金ペアの最後の山行となるのがアンナプルナ。初登頂後のドラマチックをはるかに超える悲惨な下降。ラシュナルとエルゾークの二人が登頂に成功したのだが、最終キャンプでラシュナルを迎える記述に次のようなものがある。

「顔を外に出してみると、遠くのほうで、人の叫ぶ声が聞こえるような気がする。かすかだが、しかし間違いのない、《救けてくれ》という声が聞こえてくる。天幕から出ると、わたしはキャンプの数百メートル上の斜面にうずくまっているラシュナルの姿を認めた。
わたしは急いで靴をはき、身支度をととのえる。ふたたび天幕の外に出て斜面を見つめると、今度は斜面は白く、のっぺりとしている。眼をひくような黒い点は一つもない。わたしははげしいショックを受けて、どうしていいのかわからなくなってしまった。わたしは涙を流しながら絶望的な叫び声をあげる。身の毛のよだつような数分。わたしは生涯の最もすばらしい日々を共に過ごした仲間を永遠に失ってしまったのだと思った。悲歎のあまり、わたしは、すべては終わったと考えるほかはなかった。顔を切りさくような風のことも忘れて、わたしは茫然とたたずんでいた。
そのとき、いままでは状況がひどくドラマチックだったために考えおよばなかったようなことが起こった。雲が切れると、わたしが憶えていたところよりももっと下にラシュナルの姿が現れたのだ。アイゼンをつける間もなく、わたしは滅茶苦茶に滑り降りてゆく。急斜面を流星のように滑り降りたわたしは、やっとの思いで風でかちかちに固くなった雪の上でとまった。」

年齢を重ねるうちに涙腺がゆるくなったのか、こうして読み返しているうちにも涙が流れてしまう。