最近の雑誌とカタログから

PETZL2004年版カタログ

ペツルはクライミングギアのメーカーとしては後発で歴史は新しいが以前からそのカタログはクライミング技術の宝庫である。これをテキストにして自らのクライミングテクニックを再検討していたクライマーも多いのではなかろうか。私も中身を十分に納得できるまで何度も検討し大いに触発され、自らの登攀テクニックを悔い改めたことも一度や二度ではない。ペツルのこのような地道な姿勢が顧客であるクライマー達の信頼を高め、それがひいては社業の隆盛をもたらしたのであろう。
2004版テクニカルページは日本語の解説がつき、さらにシャルレを傘下におさめたので近年ではアイスクライミングに関しての記述にも数ページがさかれている。これらの内容はすでにペツルの輸入元であるアルテリアのホームページに公開されていたものだが、こうして日本語訳で印刷物になるのはありがたいことだ。
では見ていこう。

141ページE

いわゆる滑落停止技術を解説している。ピッケルの頭部を握る側の腕の肘をわき腹か腰に引き付けるように固定していないと、ピッケルは上部へもって行かれてしまう。イラストにあるような脇が空いている状態では氷化した急斜面の滑落は止められない。もしこの体勢で止められるのであれば、もともとその斜面はピッケルストッピングが必要ないほど傾斜が緩かったのだと思う。
新人や子供達には最初から最強の技術を習得できるよう指導したいものだ。

144ページA

氷河歩行でのアンザイレン方法が解説してある。私がこのテクニックを最初に見たのは「生と死の分岐点」であった。実際に氷河を歩くのであれば併読を強くおすすめする。

146ページ

ヴィアフェラータとは聞き慣れない言葉だが、イラストを見るとヨーロッパのガイドブックに掲載されている写真に同じシロモノが時々出てくる。日本のクサリ場に似て非なるものである。
私がこのページを取り上げたのは、このようなルートの整備を行う為の組織体制が存在していると言うヨーロッパのクライミングに対する土壌に感嘆するのである。

158ページA・B・C

A:クライミングで最も重要なロープの結び方の一つにクローブヒッチがある。私が新人や子供達に教える時の手順がこれである。このようにわかり易いイラストがあると本当に助かる。この方法には片手でセットできるという替えがたい利点がある。
B:このケースは多いのではないだろうか。ただしこの指摘の本質を考えてみるとカラビナだけの問題ではないことが容易に想像できる。ペツル社はカラビナのメーカーとしての立場からこのような解説をしているにすぎないと思うからである。
C:今まで私はセカンドの確保で引き上げたロープは、アンカーに加重してピンと張られたセルフビレイ用のスリングや長さ調節用デイジーチェーンなどの上に左右に振り分けていた。この解説では全く違う方法を紹介している。それは数メートルごとにループを作って結ぶという方法である。これは手間のかかりそうな方法だがその根拠はなんであろうか。万が一トップが墜落してビレイヤーがビレイを開放してしまった時に最悪でもループの長さの範囲内で止めることが出来る。一方、トップが墜落してロワーダウンさせる時にループを一つ一つ解かなければならない。想像できるパターンは以上のようなものだが、今の所は採用する気になれないが他に理由があるのだろう。継続して考えてみたい。

159ページD

ルベルソによるツルベ方式でのクライミング手順を解説しているのだが、それ自体はすでに一般的な使用方法である。注目したのはトップのセルフビレイの取り方である。2本のロープを別々のアンカーに分散してとっている。国内の本番ルートの限られた貧弱なリングボルトでこのような方法をすんなりと受け入れるこが出来るだろうか?例えば四つのリングボルトがあって、個々の強度に不安があるからこそ流動分散方式などで、連結してそれなりのビレイステーションを構築しているというケースが国内ではほとんどではあるまいか。このケースの場合には四つのリングボルトはそれぞれがバックアップという役目を負っていると言うよりも、四つのリングボルトに加重が分散されることによって、ビレイポイントに絶えうる強度になっている過ぎないと思うのである。その内の二つに個々にセルフビレイをとれというのだ。
クライミングのビレイの最悪シナリオはビレイヤーを巻き込んでのパーティー全滅かと思う。そのような最悪シナリオを防ぐ意味でセルフビレイのバックアップは最後の砦と言っても過言ではなかろう。そのように考えるとバックアップを導入すると言う点で、この記述は正しいと思う。逆にバックアップシステムが有効に機能するような頑丈なビレイステーションの整備が必要だと思うのである。
では誰が実施すべきなのか?
フリークライミングのルートに関しては日本フリークライミング協会が実施しているが、本番ルートに関しては理想的には日本山岳協会が自覚を持って積極的に関与することを期待したい。そのためにも日山協はフランス山岳会やドイツ山岳会のような存在になるべきだと思う。

159ページE

新人には口をすっぱくして何度もこの指摘を行い、怠った場合には怒鳴りつけるのだが、落下係数とランナーの重要性を理解していない人とはクライミングをしたくない。昔はランナウトを美徳と思っているクライマーがいたものだ。

160ページC

ルベルソでセカンドをロワ―ダウンさせる方法が解説してある。ロックのカンヌキの役目をしているカラビナとハーネスをスリングで連結してビレイヤーの体重で引いてロープを解除する。図ではイタリアンフリクションヒッチを併用し突如のロープの開放を制御している。私はグリップビレイで行っていたがイタリアンフリクションヒッチなら完璧だろう。ただし、3人で登る時にセカンドとラストを同時に登攀させている時には一本づつ別々のカラビナにそれぞれイタリアンフリクションヒッチをセットする必要がある。完璧だがセットに手間どりすぐにロワーダウンすることは出来ない。そんなことから、セカンドとラストが同時に登る場合には両手を使ったグリップビレイで慎重に対処するケースもありだと思う。

180ページC&D

よく知られたビレイポイントでのセット方法が三つ紹介されている。近年Dで紹介されている固定分散方式が流動分散方式に優ると解説する向きが多い。その理由としてあげているのが一つの支点が破壊されると他の支点への衝撃が大きくなるというものだ。
衝撃が大きくなるというのは事実だが、そもそも目的が違うように思う。
物事の本質をよく考えてみると、流動分散方式にするのは個々の支点強度が弱いのを補う為にセットするもので、バックアップとは多少意味が異なり、一つの支点では加重に耐えることが出来ないと予測される時に、複数の支点を統合して加重に耐えうるビレイポイントにしようというのがその目的ではなかろうか。すなわち毛利元就の三本の矢の逸話と原理は同じである。
一方、実際のビレイポイントでは支点にかかる力の方向はその時々で少しづつ異なる。だから固定分散方式では複数の支点に力を分散させることは実際にはありえず、仮に四つのリングボルトによる支点があったとしても四つの支点の中の一つの支点だけに力がかかることになる。つまり他の三つの支点はバックアップとして存在しているのであって、力を分散するために存在しているのではないということになってしまう。
ところがケミカルアンカーやステンレスハンガーボルトが強固な岩盤にしっかり打たれた支点では話が異なる。個々のパーツが正常な場合にはこれらの支点は単体で十分にクライミングの墜落加重に耐えられると予測される。となると危険因子はアンカーボルトやハンガーの製造工程や保管時における何らかの瑕疵ということになり、これらの危険因子をさらに排除するとなればフェイルセーフ・・・即ち担保となるバックアップを施すということになる。
結論を急ごう。日本の本番ルートのビレイポイントに残置されているRCCボルト・リングボルトやハーケンの一本一本はほとんど墜落加重に耐えられないと私は思っている。もっと言えば当てにしていない。だから流動分散方式である毛利元就の三本の矢の使い方をするのである。
一方ハンガーボルトやケミカルアンカーが整備されたビレイステーションでは話が違ってくる。個々の支点の強度が十分に高いので本来の意味のバックアップが有効になる。ここでセットするのは流動分散でも固定分散でもなく、バックアップシステムということになろう。
有名なクライマーの技術書に記載されていたからとか、有名なクライマーが紹介していたとかの理由だけで、物事の本質を考えることなしに固定分散方式が優れていると思っている人は少なくないのではあるまいか。
では固定分散方式の優れた点はバックアップ以外にはないのだろうか?私はこのことを3年ほど考えたが思いつかなかった。そうして出会ったのがPETZLのこのカタログの160ページDに記載された19文字である。なるほどナッツの場合は力のかかる方向がずれるとはずれてしまう。ようやく私も納得することが出来たのである。
なお流動分散方式で複数の支点の内の一つが破壊された時に、他の支点へのダメージを最小限にする為にどうしたらいいのかのヒントがこのカタログの中に記載されている。よく注意して読むとわかると思う。

184ページ&185ページ

訳者がクライミングの技術にうといらしく、適切な訳がされていないので多少読みにくいが基礎知識として理解しておくべき内容である。
当たり前のことばかりだが数値をハッキリと示して素人にもわかり易いように解説されていることに感謝したい。
要点は次の通り
A:ハーネスにビレイディバイスをつける場合とビレイ支点に直接ビレイディバイスを付ける場合では、明らかに衝撃は減少する。
B:トップの墜落の衝撃を軽減する為にビレイヤーがロープの引かれる方向に動く移動距離は1.2m程度が最適・・・・うーんあんまり意味のない解説のようにも感じるが、移動し過ぎてグラウンドフォールするケースがあったのかもしれない。
C:これはかなり大切な記述だ。従来ロープドラッグはトップがロープを引き上げにくくなるので、ランナーのとり方とスリングの長さを考えながらセットしようと言うような論調がほとんどだった。ロープドラックの欠点をロープの衝撃吸収・・・すなわち落下係数が増大するといった視点で語っている。私の知るところでは、このような指摘は初めてのもので深い感銘を受けたことを告白しておきたい。
D:落下係数1.5のすさまじい墜落。このような墜落は登りはじめに発生しやすいがそのような時に衝撃を緩衝するために一本目のランナーにアブソーバーをセットすると衝撃を17%軽減することができると言う。ショックアブソーバーは気休めだろうと思っていたが、数値を見せられると納得せざるを得ない。

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