1997年夏

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夏休みの奥穂高

北アルプス 涸沢から奥穂高岳往復
千葉県四街道市立四街道小学校
5年 賀来敦子

1997年7月20日

午前四時、沢渡の駐車場で起こされました。
5時30分にバスに乗りました。それぞれみんな大きなリュックを持って、バスに乗り込みました。上高地に着いてから小梨平のキャンプ場にテントを張りました。
朝ご飯のラーメンを食べて出発しました。これからテントを小梨平に張りっぱなしにして奥穂高を目指すことになっています。きょうはこれから涸沢というところまで行ってそこの小屋にとまるそうです。
歩いているときにクルマユリやホタルブクロが咲いていました。
朝の空気は冷たくすずしかったけど、歩いているうちにだんだん暑くなってきました。
明神池で休けいをし、エネルギーインゼリーを飲みました。みんな歩いていると「あーつーいー」と、ふてくされ声をだして、ダラダラ歩いていました。
木かげにくるとほっとしました。
徳沢で弟がせっかく買ってもらったソフトクリームを落としてしまいました。もう一度買ってもらいました。
横尾というところから山の中の細い道になりました。私と妹は先にドンドン走っていきました。
通りかかるおじさんやおばさんに「すごいね」とほめられました。涸沢へ行く途中の本谷橋は重量せいげんがあって、おとなで一人づつしかわたれません。私は妹とわたりました。橋をわたってから休けいをしました。
木かげで、こしかけておかしを食べました。川の水はとても冷たかったです。
そこから道はドンドン登っていきます。だんだん暑くなって石がごろごろしてきました。外人の人が通ったときに私たちは「コンニーチワ」と声をかけたのに妹だけ「ハロー」と声をかけられていました。
歩いていると木の間から小屋が見えてきました。
みんなで「もう少しだよ」とよろこんでいたけど、それからがすごくたいへんでした。小屋に近くなったとき雪が見えてきました。私たちはみんな雪をさわったり、雪の上を歩いたりしました。夏休みに雪をさわるなんて信じられませんでした。雪に近づくだけで寒く感じました。
今日泊まるところは涸沢ヒュッテというところです。冬の間、なだれがこないように石を積み上げて、小屋のまわりを囲んでありました。
天井がとても低いので、おとうさんが頭をぶつけてしまいました。
夕食は、いかのリングフライやフルーツポンチがでて、とてもおいしかったです。小屋からは涸沢カールがよく見えました。
三連休なので、とてもこんでいました。部屋の名前がサンモリッツというところでした。寝るときは、一つの部屋に4枚のふとんで、9人の人が寝ました。

1997年7月21日

朝、起きてみるととても寒かったです。でも天気がすごくよくて、山がよく見えました。
今日は奥穂高に登って、また涸沢ヒュッテにもどってくる予定です。
山は空気が薄いのですぐに疲れます。
涸沢にはテントがたくさん張ってありました。その間を歩いていきました。涸沢小屋で少し休けいしました。
ダケカンバやナナカマドの間をドンドン登っていきました。
途中で木がなくなって、花だけになりました。キバナシャクナゲが道のはじっこに小さく咲いていました。
とてもかわいかったです。コイワカガミやシナノキンバイも咲いていました。石がゴロゴロしたところに雪があって休けいのときに遊びました。まるで道じゃあないところをドンドン登っていきました。とちゅうで雪渓の道をわたるのがとてもこわかったです。
ザイテングラードの下にはシナノキンバイとハクサンイチゲのお花畑が一面にひろがっていました。
急でゴツゴツしたザイテングラードというところを一生けんめいに登りました。だんだん道が危なくなってきたので、弟はおとうさんにロープをつけてもらいました。
奥穂高山荘に近づくにつれ、ドンドン雪が多くなってきました。
すぐ頭上をヘリコプターが飛んでいきました。
山小屋に着くと放送局のビデオカメラマンがいて、弟のように小さい子がくるなんてめずらしいので、ビデオにとっていました。
小屋の中でラーメンを食べて、私とおとうさんは奥穂高の山頂に登りに行くことにしました。ここからはとても危ないのでおとうさんが私にもロープをつけてくれました。登りはじめると鉄のハシゴがたくさんかけてありました。
下を見るとみんなおもちゃのように小さくなっていました。よく見ると妹と弟が小屋の前の雪で遊んでいるのが見えました。
もう少し登ってからもう一度下を見てみると、もうキリで何も見えませんでした。山頂までは思ったよりも早く着きました。そこには大きなケルンがあってその上に神社がありました。
わたしは、ケルンの上に登って、神社のところまできました。
ケルンの下にはミヤマタネツケバナやコイワカガミやハクサンイチゲやミヤマキンバイが咲いていました。
こんな高いところまで咲いているなんてびっくりしました。
奥穂高山荘にもどってみると妹と弟が雪渓の間にもぐりこんで遊んでいました。
下りるときも弟はロープでつながれておりました。上から下りてくるおじさんやおばさんに犬みたいといわれていました。休けいしたときに、三人で「ヤッホー」とさけびました。そしたら知らない人が「ヤッホー」とこたえてくれました。でもよく聞くと、ちゃんとこだまもこたえているのが聞こえました。
夕方になって涸沢ヒュッテに帰りつきました。今日の夕飯はトンカツでした。
食べているうちに疲れた弟はねむってしまいました。
おとうさんにだっこされて、サンモリッツまで帰りました。今夜はみんな帰ってしまい、ガラガラでした。うちの家族だけでした。

1997年7月22日

朝4時半に起こされました。
外に出てみると涸沢カールのまわりの山が赤くなっていました。きのう登った奥穂高もまっかでした。朝ご飯が終わって出発する前に小屋のベランダで写真をとりました。
下りは登りより楽でした。なんども休みながら花の写真をとったりしました。あとでふりかえると、あれが自分たちが登った山だなんて信じられませんでした。
横尾に着くと、上高地まであと三時間と聞いてがっかりしました。
徳沢園ではうどんやそばをたべました。だんだん足がいたくなって、はやく小梨平につかないかなと思いました。
明神池の近くまでくると池にカモの親子がいました。ならんで仲良く泳いでいました。
明神池をすぎると、おとうさんがもうすぐ小梨平だよといったのでみんなうれしくなりました。
疲れたけどみんな無事にテントに帰りつきました。
帰ってから図かんで花の名前を調べるのがたいへんだったけど、夏なのに雪で遊んだこと、こだまがおもしろかったこと、花がきれいだったことが楽しくてまた行きたいなと思いました。

参加者:賀来素直(幼稚園)、賀来朋子(小学3年)、賀来敦子(小学5年)、賀来幸子、賀来素明