2002年初秋

遥かなる北のやまなみ
幌尻岳

北海道 日高山脈 幌尻岳
2002/9/7--9/8
賀来素明

札幌、仙台への出張を利用して幌尻岳へ登りました。
久方ぶりの北海道なのでワクワクなのですが、ヒグマとエキノコックスが頭痛の種。特にヒグマに関してはあの事件のことがどうしても頭を離れません。
そうカムエクにおける福岡大学ワンダーフォーゲル部の事故です。1970年のこの事故は翌年の1971年の山と渓谷7月号に被害者の手記と共に掲載され、この記事を読んだ登山一年生の私のショックは例えようもないもので、私とその仲間達は衝撃のあまり「北海道への登山はいかなることがあっても決して行くまい」と心に誓ったくらいでした。
出発直前になって買い求めた「アルペンガイド北海道の山」にはヒグマに対して「極度の恐怖を持つのも考えものだ」と記述されていますが、あの事件でトラウマを負った私にとって、むなしい助言だなぁと悲しくなりました。「極度の恐怖」を持つな!なんて一生無理です。

9月7日 曇りのち雨

四街道を始発列車で羽田へ。7時45分発のJAS札幌行き。
千歳で借りたレンタカーで苫小牧市内まで行って、ガスカートリッジを探してさまようこと2時間。偶然ホーマックというホームセンターを発見し無事ガスカートリッジを購入。
千歳空港で借りたレンタカーは三菱のDingo。本当はトヨタレンタカーで借りたかったのすが予約なしで行ったところ完売状態。9月に入るとトヨタレンタカーは大幅なディスカウントで、しかも全車両がカーナビつきで料金も安く本当はトヨタにしたかったのですがしかたがありません。やむなく三菱レンタカーで我慢したした次第。ちなみに保険と札幌乗り捨て料金込で約15,000円でした。カーナビはついていませんが、かって知ったる北海道の道でもあり、さほどの不安もなく、日高方面へと車を走らせました。
さて今回のプランは次の三つを想定していました。
1.気象条件が良ければ---日高:幌尻岳
2.気象条件に不安があれば---日高:神威岳
3.気象条件がまったくダメなら---札幌西岡の女房の実家で昼寝して夕方、京極近辺の後志川支流の秘密のスポットで岩魚釣り
いずれを採用するかは現地で決めて、決めた結果を女房と山の仲間に知らせるということにしていました。
浦河方面へ車を走らせ鵡川あたりでラジオの天気予報がこういっています。
「明日は移動性高気圧におおわれ、風もなく穏やかな秋晴れとなるでしょう」
やったね!幌尻岳で決まりです。早速、ハンドルを左に切って平取へ向かいます。平取で関係者へ電話。
北海道はさすがに4年半転勤生活を送ったこともあり、スムーズに平取町へたどり着くことができました。途中で幌尻岳の看板が二つもあり心強くなってきます。さすが日本百名山ですね。よほど人も多く、登山道も整備されていることでしょう。安心して登れそうです。
それにつけても山々はかなり低い位置まで雲に覆われ、天候はぱっとしませんが「穏やかな秋晴れとなるでしょう」と天気予報が言っているんですから、あまり気になりません。自分で天気図を確認しない限り天気予報は当てにならないと身にしみておりますが、今回は信用して自分自身を奮い立たせることにしましょう。
舗装路が途切れ、整備されたダートを21km走るとゲートへ到着です。林道はよく整備されており暴走族のような車でも走ることができそうなくらいです。
ゲートの前には車が6台駐車しており、私の車が7台目でした。本州ナンバーの車が大半を占めていました。
すごいです。さすが日本百名山といった感じです。
なんか小雨が降ってきたりして憂鬱になりますが「穏やかな秋晴れとなるでしょう」を信じて14時に歩き始めました。普段の山登りは子供たちをつれていたりして食料・テント・クライミングギア等で30kgの重量ですが、今日はファミリー登山とは違います。ごく普通の登山です。自分の装備とお酒、ビール、つまみ・・・だけで、ザックの重量は13kgしかありません。まるで空気を背負っているように感じます。
一人ということもあり足が勝手に前に進んでしまい、神奈川から長期出張で鵡川に滞在しているという人に追いつきました。
しばらくの間、その人としゃべりながら楽しく歩いていきましたが神奈川の人がのんびり歩きたそうなので先に行かせてもらいました。そんなこんなで林道終点となる取水口まで1時間で到着してしまいました。これは結構いいペースです。
取水口で林道は終わって額平川の右岸を登山道が続いています。取水口から100m程、時間にして3分ほど歩いたところで左岸にゴムベルトがフィックスしてあります。どうやら高巻き道のようですがこれは高巻かないで沢通しに10m行くと木の梯子があります。
小雨が降ってなんだか気がめいってきます。歩き始めて初めて休憩しました。沢の水を飲みたいのですが、エキノコックスが怖くてとても飲めません。しかたがないのでチョコバーを一つ食べてタバコをふかしていると、東京の野村さんと言う方がやって来ました。相前後して30分ほど歩いていくと登山道が途切れ、対岸の赤布が渡渉点であることを教えてくれています。ここで渓流足袋に履き替えました。水量は股下で時々腰まで浸かる程度で水の流れも弱く、さほど気になりません。ザブザブとどんどん歩いていきます。親切すぎるくらいに赤布の目印があるのでまったく不安を感じません。しばらく歩くと左岸に幌尻山荘が建っています。あれ?着いちゃった。ゲートから幌尻山荘まで3時間50分行程というので頑張って歩いてきたのですが、時計を見ると15時55分です。車止めのゲートから2時間かからずに着いてしまいました。
小雨模様ということもありなんだか薄暗い感じです。小屋の戸を開けて「お世話になります」といいながら中へ入りました。大切ですね、挨拶しながら小屋へ入るって言うことは・・・。私のような人相の悪い人間が無言でぬうっと入ると小屋の中にいる人たちにとって薄気味悪いですもんね。
薄暗い小屋の中を見ると薪ストーブの傍らで数人の登山者が楽しそうに談笑しています。その中の一番の年輩のおじさんが「小屋番です」とおっしゃって手続きをしました。
今日の宿泊者は13人ということで二階の暖かいスペースにゆったり場所を確保することができました。ずぶぬれになった衣類を全て着替え、ビールを持って一階の薪ストーブのところへ行きました。13人の宿泊客の中でなんと北海道の地元の方は、二名だけとのこと。小屋番のおじさんは平取山岳会の会長さん(以下会長)でなんと御歳74歳。どう見ても60歳代と思えるような若々しさで、3年前に亡くした父を思い出したりもしました。
たった二名の北海道の地元の方は「北海道山のトイレを考える会」の上井さんと熊岡さんという方。それからストーブの傍らには富山から来ていた中田さん、そしてスイス人。東京から来た野村さんは、今回の幌尻岳がちょうど日本百名山の百名山目とのことでした。会長は面白い話をたくさん聞かせてくれ、ちょっと夜更かしして20時近くまで楽しく談笑し床に着きました。

9月8日 曇りのち時々晴れ

目が覚めると会長が一階にガスランプを灯してくれています。ありがたいことです。早速一階へ降りて朝食です。わびしいインスタントラーメン。今回の山行には缶詰など普段では考えられないほど贅沢な食料を多量に持ってきているのですが、調理に手間のかからないラーメンをぼそぼそ食べました。
会長は「2時頃は満天の星空だったが・・・」とのことでしたが、今はガスに覆われているようです。
4時50分に支度ができて外に出て、5時00分になるまで待ちました。5時になったので登高開始です。今日はヒグマが怖いので鈴をストックのグリップに結んで、鈴の音が良く響くように工夫しました。野村さんが「今日は百名山の日だから誰かに写真をとってほしいなぁ」といっていたので「私が撮りましょう」と約束して登って行きました。ほんの5分早く登り始めた野村さんですが、結構健脚でなかなか追いつきません。
「命の泉」までは樹林帯の急登で、辛い登りが続きますが周辺の木々は何となく秋の気配を感じさせ、まんざらでもありません。「命の泉」から少し登ると稜線へ登りつき、岳樺の穏やかな登山道が続きます。ところが天候がいけません。ガスが湧いてきて周辺の山々を覆い尽くしていきます。
ガッカリです。なんだか這い松の稜線を歩いてるのがつまらなく押し付けられた仕事のような気分になってきました。そう思い始めるととたんに休憩が多くなります。だらだら野村さん、中田さんと相前後して乗り続けていくと突然ガスが切れて稜線の左側が見えてきました。
幌尻岳の北カールです。これぞ「遥かなる北のやまなみ」
三人で歓声をあげました。まったく現金なものでとたんに元気が出てきました。
草モミジというのでしょうか、紅葉を始めた高山植物の中に刻まれた歩きやすい平坦な登山道。しかも過度に踏み荒らされていないので、まるで人の手で管理されているように見える小道。そんな小道が公園内の歩道のように続いていきます。
そんな小道の終点が幌尻岳の山頂でした。
2052m、時計を見ると7時28分。幌尻山荘から約2時間半の行程でした。しばらくすると中田さんが到着しました。中田さんも健脚です。
山頂から携帯電話を出して通話を試みました。アンテナを伸ばして見たのですが「圏外」の表示。少し北カールの方へくだって携帯電話の電源のオンオフを何度か繰り返しているとアンテナ3で自宅につながりました。女房はびっくりしていました。
それを見ていた中田さん
「札幌へ電話したんですか?」
「いえ、千葉です」
「えっ!千葉ですか?札幌ならわかるような気がするけど千葉にまでつながるんですか?」
とジョークを飛ばしてくれます。
つづいて野村さんが到着。野村さん念願の百名山達成の記念写真を三人で撮りました。いままで日本百名山にはほとんど興味がありませんでしたが、野村さんの話を聞いているとなかなか面白そうです。中田さんもすでに97座を登っているとのこと。
ご両人が言うには「百名山を登ろうとしない限り幌尻岳には来ないですよね」・・・つまり旅行だというのです。
私はルートの途中でビバークするような長いアルパインルートを登るときに「旅」を感じることがあり、妙に納得してしまいました。
時々雲が切れそうで切れない・・・。それでも東カールを時々見渡すことができ、ひょっとするとこのまま晴れになるのかなと淡い期待を抱きつつしばらく山頂で待ちました。北海道山のトイレを考える会の熊岡さんがノボリを担いでやってきました。あれ?上井さんはどうしたのかな。
幌尻岳山頂で天候の回復を待ちましたが結局、芳しくありません。1時間も山頂で待ったのですがついにあきらめて8時30分に下山を開始しました。
這い松の稜線を下っていくと北カールから登山者が大声で私を呼んでいるようです。見るとぽつんと一人の登山者が見えます。
どうやら上井さんのようです。あんなヒグマが出そうなところに行って大丈夫なのでしょうか?大声で手を振ると同じように大声で応えてくれました。
ちょっぴり頑張ってくだりたかったのですが、足が思うように動いてくれません。
9時50分、いいかげん嫌になった頃、幌尻山荘にたどり着きました。
山荘の玄関で会長は別の登山者となにやら話し込んでいます。
「ただいまぁ〜」
我が家にたどり着いたような気分です。
会長は何度も時計を見て、「最高に早い!」と盛んにおだててくれます。おだてられるとなんだか気分も良くなり、疲れも吹き飛ぶようです。
おだてついでに会長が平取温泉の割引券をくれました。そして「安いからビーフステーキを食っていけ」と助言してくれます。あんまり早く札幌についてもやることがありませんから、是非会長おすすめのビーフステーキを食べることにしようと心に誓って下山を開始しました。
林道を歩いている途中から太陽が照りつけはじめ、9月の北海道というのになんだか蒸し暑いような感じです。
登りと同じように幌尻山荘から2時間ほどで車止めゲートへたどり着くことができました。
下りの林道は、会長から「正面衝突するかも知れないからゆっくり行け」とのアドバイスがあったのでことさら慎重に運転しました。
会長オススメの二風谷の平取温泉へ直行です。湯船にはだぁれもいません。最高!
ゆっくり疲れを落とし、平取和牛のサーロインステーキセットを食べました。あぁ〜幸せ!。
14時半に平取温泉を出発。それでも札幌にはずいぶん早く到着してしまって、女房との甘い新婚生活を送った南郷6丁目のスマイル小林というマンションに立ち寄ったりして、むさい会社の同僚とホテルで合流し、札幌ビール園でジンギスカンとビールをたらふく飲み食いしてホテルで爆睡しました。
本当にたのしかった!!
なお、翌日は札幌でとても疲れる会議をして夜中に仙台へ移動したのですが、仙台ではとても山登りする時間的余裕がなく牛タンをくって、しんどい会議をして東京へ戻りました。