2002年夏

西丹沢の夏休み

西丹沢 玄倉川 小川谷廊下
2002/7/20

高1の長女敦子と小5の長男素直の三人で本番の夏山家族合宿の前に、どこかへ行こうと数週間前から話していた。
そして7月20日。子供達の天国---夏休みがやってきた。子供の頃を思い出す夏休み。九州で従兄弟たちと「夏休みの友」そっちのけで遊びほうけたことを思い出す。
さぁどこへ行こう!とにかく楽しいところへ行こう。
どこが一番楽しいかって?いろいろあるけれども日帰りで夏に一番楽しいところといったら小川谷廊下で決まりだ。私が過去3回も登っているということがいかに楽しいかを物語っている。
台風6号、7号が連続して過ぎ去って、きっと梅雨明けも間近いに違いない。
敦子、素直、さぁ泳ぎに行くぞ。
部活でお留守番の次女朋子には申し訳ないが、いてもたってもいられない。

7月20日 晴れのち曇り

5時前に目がさめ、首尾よく5時15分に自宅を出発することができた。
小学校5年生って言うのは、こうなのかな。ベッドから車へ素直を抱っこして運ぶ。敦子も車へ乗り込むなり眠り込んでしまった。
早朝の出発が功を奏したのか渋滞もなく7時30分に小川谷下降点近くの広場に到着することができた。自宅からちょうど150kmだ。今朝、でたらめに装備を車に積み込んだので、装備の点検に手間が思いのほかかかった。子供達は私が汗まみれになって支度をしている間も、眠っている。先週、私もはじめてデジカメを購入した。勤務先のデジカメには防水タイプがない。ずいぶんためらったが、やむを得ずカシオのG.Bros20を手に入れたのだ。こいつの写りも楽しみだ。
8時30分になってようやく支度が整い出発する。最後に小川谷へ来たのが15年前で入渓地点の記憶が定かではない。舗装道路をテレテレ下っていくと林道にランクルが駐車している。ランクルには沢ヤ風のおじさんたちが支度をしており、入渓点がここであることを教えてもらった。
蒸し暑い夏空が広がり、小川谷の遡行には最適の日和だ。F1上のチョックストーンを超えるときに先ほどのおじさんパーティーが、子供達を心配してやさしくしてくれる。
子供達はチョックストーン越えでびしょぬれになってしまったが、チョックストーンの上にたどり着いてゲラゲラ笑い転げている。
「なに笑ってんの?」
長女敦子いわく、「チョー楽しい!!」
4月でも小川谷の水はぬるいと思うのだが、今日はとくに水温が高く、暖かい程だ。それでも沢になれない子供達にとっては冷たいと感じられるようだ。寒いと小学5年生が言うので、しばらく行った夏の日差しが照りつける河原で昼寝をする。息子は本当に眠ってしまい、体をゆすっても起きない。いくつかのパーティーが追い抜いていった。
20分歩いて20分休憩というようなペースでのんびり遡行を続けていく。
評判のスラブの大岩は左手のスリングから取り付きスリング頼りに右のスリングをつかみ突破。登攀距離が11m程あり、20mロープを折り返して使用しているとロープが不足するので、スリングの連結で対処。
さらにいくつかの小滝を越えて、再びゴルジュ。左岸の側壁を残置スリング二つを頼りにトラバース。その残値スリングの最初の一本が外皮が切れ、コアのヤーンもほとんど切れているという恐ろしい代物だった。ただし、これが切れて墜落しても着地するのは深いゴルジュ。水にドボーンという程度だ。クライムダウンになるので子供達を先に下らせる。上から滝が落ちる小さな足場に子供二人が立ち、私を見上げている。
見下ろす私からは素晴らしいショットだ。迫力がある。子供達に「写真とるからちょっと待っててね」と声をかけてデジカメで連続ショット。
そこは小さなゴルジュだった。左岸を登ることもできたのだが、あえてゴルジュを泳ぎ、側壁の数ミリのフィンガーホールドで体をひきつけ、ヒールフックで小滝の上に立った。
楽しい〜!
ところが少々誤算。長女敦子が小滝の瀑流を顔面に受けるという沢歩きでよくありがちなハプニングが発生。このような場合はロープを緩めるのだが、長女は緩めた分だけロープを手繰って水流に抵抗する。「ロープから手を離して、もとに戻れ!」と大声で叫ぶが、彼女はパニック状態。仕方がない、大きくロープを緩める。水流に乗って敦子は浅瀬に戻ることができた。水流が相当強かったのだろう。水圧で靴が脱げて失ったという。敦子に予備の靴をはかせる。
このハプニングは長女には相当ショックだったらしく「死ぬかもしれないと思った」と言っていた。私も何度もこのような経験をしたことがあるが、恐ろしいものである。そしてこれが山の本質でもある。
ところどころ昼寝をしながらのんびり行く。午後になって曇り空になったのか日差しが差し込まなくなった。いくつかの小滝を登っていくと最後の滝。ここはぜひとも泳ぎたいところだが、敦子は泳ぎたくないという顔をしている。先ほどの記憶がよみがえるのだろう。滝壷を泳いでみたいという誘惑を我慢して高巻く。で、ほどなく終了点。
広大な河原をしばらく歩き左手の下降用の踏み跡へ向かう。ところが途中で登山道が崩壊しており、3回ほどロープでビレイ。これは結構危険な下降路である。
崩壊個所を除いては下降路は明瞭で、安心して歩くことができた。
いつもの通りご褒美のレストランへ行って、楽しく食事の後、家路についた。
参加者:賀来素直・賀来敦子・賀来素明