2011年 夏 ヨーロッパアルプス

  

 

8月21日(日)快晴 ツエルマット・主日ミサ・ターシュ・ヴィスプ・サンゴタルド峠・マイリンゲン・インターラーケン・グリンデルワルト・アイガーノルトヴァンドキャンプ場

ツェルマットを離れ、グリンデルワルトへ移動する朝がやってきた。
朝食後、荷をまとめてから教会へ行く。ツェルマットで主日のミサに与れるなどなんという幸せものであろうか。聖体拝領のホスチアは日本のそれとは食感がかなり異なっていたのは意外だった。
12時40分発のターシュ行きの電車に乗る。ターシュで車の回収。車は地下駐車場に移動されていた。なんだか我が家に帰り着いたような心持だ。
13時過ぎにターシュを出発する。
いったんVispまで戻り、ローヌ川にそって遡っていく。このままサンゴタルド峠を越えれば向こう側はライン川である。サンゴタルド峠は美しい山上湖で旅人を迎えてくれる。瀟洒なレストランやホテルがある。いかにもヨーロッパという雰囲気の牧草地と木造家屋が点在する道をマイリンゲンへと急ぐ。午後の日差しにかすんだユングフラウを見ながらインターラーケンへの街中へと入っていく。インターラーケンの駅前には大規模なスーパーマーケットがあり、以前母と来たときに重宝した記憶がある。そこで今日の夕食の買出しをしようと立ち寄ったが、残念ながら日曜日のためか休業日だった。
逆光のユングフラウ三山を前方に見ながらグリンデルワルトへと高度を上げていく。グリンデルワルトを特徴づけるベッターホルンの北壁が見えるようになると到着だ。アイガー北壁は意外なほどに雪が少なく、第一雪田、第二雪田、第三雪田、蜘蛛(スパイダー)とわずかな雪しか認められない。ラウパールートのある北東壁の上部にわずかな雪壁がみえるだけだ。僕にはこれらの壁を再び登る日はもうやってこないだろうと眺めていた。それとも再び登る日が来るのだろうか。いやいや、大木さんあるいは息子とだったら再び燃え上がることだけは間違いない。
キャンプ場を探してグリンデルワルトの村の中を幾度か回る。結局、グルント駅近くのアイガーノルトバンド、すなわちアイガー北壁という名前のキャンプ場に落ち着いた。一泊一人8スイスフラン。このキャンプ場も設備が整っている。牧草のキャンプサイトの気持ちのよさもさることながら、サニタリーが清潔で充実している。ホテルも併設されていてレストランもある。場内にはキオスクがあって大方のものはここで揃う。夜空には星が瞬き始め、夜露が牧草をぬらし始めた。
明日は、天気が良かったらメンヒ東南稜にでも登ろうと決めて就寝した。

8月22日(日)快晴 アイガーノルトヴァンドキャンプ場・グルント・クライネシャイデック・・ユングフラウヨッホ・アレッチ氷河・メンヒ東南稜

良い天気だ。メンヒに登ることにして出発する。登山電車のグルント駅まで車で行き駅前の広場に車を止めた。
登山電車は急斜面をクライネシャイデックへと登っていく。クライネシャイデックでグリンデルワルトからの登山電車とラウターブルンネンからの登山電車が落ち合う。1991年夏、私はここからアイガー北壁へと一人で向かった。
ここでユングフラウヨッホへと向かう登山電車へ乗り換える。牛の放牧された斜面を登っていくとやがて列車はトンネルの中へ入っていく。そうアイガー北壁の岩壁の中をトンネルでくりぬいて登っていくのだ。途中駅の「EigerWand」ではアイガー北壁をくりぬいたまどから外が見渡せ、トニークルツの悲劇を思い出さずにはいられない。
もうひとつの駅である「Eismeer」からはミッテルレギ山稜へのアプローチと、遠くには初登攀者「槙有恒」の寄付によって建てられたミッレルレギ小屋さえも見える。
やがて列車はユングフラウヨッホに到着。ここは、とても有名な観光地で、しばらく前に火災で焼け落ち超近代的な建物リニューアルされた。10年程前に母と訪れたときには猛吹雪で何も見えなかったが、今日はアルプスの陽光に氷河の山々が燦燦と輝いている。
観光客たちとは別れて薄暗いトンネルを進んでアレッチ氷河の一角に出る。この付近は氷河といっても平坦で広大な雪原といった面持ちだ。見ていると遊覧飛行用なのかセスナが離着陸している。セスナとはごくわずかな滑走距離で離着陸できるものだと感心してしまう。
一方、メンヒ小屋へと向かう斜面は圧雪車でならされており氷河上のハイキングを楽しんでいる人たちも多い。私たち夫婦もひとまずメンヒ小屋方面へと向かう。メンヒ小屋がすぐそこに見える位置まで来たところで、東南稜に取り付く。最初は簡単な岩の斜面を登る。ふみあとを追いながらジグザグに折り返しながら登っていく。ところどころで少し登りにくいところが出てくる。もちろん、最初から妻をビレイしっぱなしだ。岩にロープをまわしながらビレイする。やがて雪稜に到達。アイゼンを装着。ここからが本番だ。
短い雪稜の次は顕著な岩稜で一部傾斜も強い。ここはビレイ用のピンがあった。岩稜を超えると急な雪壁。この雪壁が悪い。場合によってはスタンディングアックスビレイを使いながらやわらかく崩れやすい雪面を慎重に登っていく。雪壁を登りきると稜線に出る。
ここからはすばらしいナイフリッジが山頂へと続いている。雪稜は靴幅ほどしかなく、左右は数百メートルに渡って切れ落ちているので落ちたら助からない。まるで平均台のようだ。スタンディングアックスビレイ用のスペースを作ることも困難で、妻が左へ落ちたら私は右の斜面へ飛び込むしかない。妻にはそんな芸当はできないから、私自身が落ちることは絶対に許されない。こういう箇所は、決して技術的に難しいわけではないが、バランスを崩さないように緊張の糸をピーンと張り詰めたままで長時間行動しなければならず、精神的なストレスは並大抵のことではない。山頂に到着しても、帰りにもう一度通過しなければならないと思うとしんどいものがある。
山頂からの景色を堪能するまもなくすぐに引き返す。ナイフリッジから悪い雪壁を下り岩稜まで下りついたときにはほっとした。
取り付き点まで戻ってビレイ解除。
圧雪車でならされた緩やかな斜面を歩きユングフラウヨッホ駅まで戻る。
次の列車まで時間があったのでスフィンクスと名づけられた展望台まで登る。10年前に母のショールが風雪で飛ばされそうになった場所だ。
たそがれはじめたキャンプ場に戻って場内のキオスクで夕食の食材を買う。私は赤ワインを買った。それからハムとかチーズとか。今回は車用のACコンバータを日本から持ってきており、これにLED電球を接続して照明に使っているが、すこぶる具合が良い。ガスカートリッジの消費も炊事に限られ相当量が余りそうだ。
周りでは家族でキャンプに来ている人たちが多く子供の楽しそうな笑い声が聞こえる。すでに夜のとばりがおりはじめたアイガー北壁ではユングフラウ鉄道の駅舎の明かりがぽつんと見える。
夜空には星が瞬き夜露が牧草をぬらす。

8月23日(日)快晴 グリンデルワルト・ラウターブルンネンタール・ルツェルン・ツーク・リヒテンシュタイン・ブルデンツ

今日も快晴だ。なんという幸福。グリンデルワルトを離れることになっているが、出発前にグリンデルワルトの中心部を妻に案内する。ホテルベルビュー、ベントの鉄工所など。最近、日本でもスイスのブランドマムートが台頭してきているが、さすがに地元スイスなのでマムートストアが駅前にある。ちかくにはモンベルのグリンデルワルト店もある。品揃えは日本と同じ。モンベルの隣はスーパーマーケット。あとはみやげ物屋が並ぶ。さらにベッターホルン方面へ少し行くとベントの鉄工所。鍛冶屋ということになっているが、今風に言えば鉄工所だ。これが有名なベントのピッケル製造所だとはほとんどの人が気付かないのではあるまいか。さらに行くとホテルベルビュー。10年前も20年前も泊まったホテル。そして大正時代に槇有恒がアイガーなどを登るに際し常宿にしていたホテルでもある。
13時近くになって、後ろ髪をひかれるような思いでようやくグリンデルワルトを出発する。遠路イタリアのドロミテへ向かうのだが、この近くにもう一箇所行って見たいところがある。それはラウターブルンネンタール。1974年に放映されたTVアニメ「アルプスの少女ハイジ」のオープニングを飾った空中ブランコシーンの背景がラウターブルンネンタールではないかと思っていたからだ。ラウターブルンネンタールはグリンデルワルトから程近い。尾根をひとつ越えた向こうにある。典型的な氷河地形のU字谷で、左右に数百メートルの岩壁を持つ。その岩壁からは滝が落ち、水がしぶきとなって空中を舞うその姿は圧巻である。実際にいってみると想像していた通りの景観が広がっていた。
プロテスタント教会に隣接する駐車場に車を止め、滝のひとつに行ってみた。滝の裏側へトンネルを通じて出られるようになっている。見下ろすと牧草地と民家と教会が見える。やはりアルプスの少女ハイジのオープニングシーンはここだと思った。
すでに14時をまわっている。今日中にインスブルックまで行きたいと思っていたがとても無理そうだ。忍耐強くハンドルを握りハイウエイを走る。
ルツエルン、ツークを通って、高速道路を下り、リヒテンシュタインを横断する。この道は2002年にも通ったことのある道だ。やがてオーストリーへ入った。
インスブルック方面を目指したがすでに夕方。そろそろ良いキャンプ場を探さなければならない。ミシュランの地図上にはブルデンツというところにキャンプ場のマークがある。ブルデンツで一般道路に下り、街中を走ってキャンプ場を探す。キャンプ場の標識を見つけ、場所を確認。場所が確認できれば、優先すべきは食材の購入である。ぐずぐずしているとスーパーマーケットは閉まってしまう。幸いにもキャンプ場からさほど遠くないところにSPARがあることを確認していた。早速SPARへ行って食材を確保する。
それからキャンプ場へ向かう。19時近くになってキャンプ場へようやく到着。高台の閑静な高級住宅街の中にある。ここも素敵なキャンプ場だ。管理棟は高級リゾートのような雰囲気をもっており、パン屋を営んでいるようである。ブルデンツの街は古風な石畳が残っており、中世の街のようでもある。駅前の近くにはクラフトの工場とビール工場がある。幹線道路を挟んで旧市街と新市街にわかれているようで、新市街地には近代的な巨大ショッピングセンターがある。
やや疲れ気味だったが芝生のクッションが効いた快適なキャンプサイトでゆっくりとくつろぐことができた。

8月24日(日)快晴 ブルデンツ・インスブルック・ブレンネル峠・ブレッサノーネ・ギッセルキャンプ場

朝からおいしそうなパンの香りがしてくる。
キャンプ場の営業は夏の間だけの話で、本業はパン屋さんのようだ。住民たちが朝早くから買いに来る。ブルデンツのキャンプ場周辺が高台の高級住宅街にあることは先に紹介したが、そのさまは箱根の強羅の高級別荘地にも似ている。都会の喧騒とは程遠い世界。こんなところでサマーバカンスを家族で過ごせたらどんなにすばらしいことだろう。
こんなブルデンツをただの通過地点として消費するのはもったいない。ということで朝食が終わってテントを撤収し、SPARで食糧を補給してからブルデンツの旧市街地を見てまわることにした。日本ではSPARというとコンビニエンスストアとして知られているがヨーロッパでは本格的なスーパーマーケットとして運営されている。食材の価格はシャモニ・ツェルマット・グリンデルワルトなどの観光地に比べるとかなり安い。果物のほかにチーズやソーセージを買った。補給が一段落したので旧市街地へ向かった。
カトリック教会の近くの駐車場に車を止めて周辺を歩く。ブルデンツの旧市街地は広くはない。まず、教会の坂の下にある石畳の街を歩く。ちょうど朝市だろうかフルーツや野菜を売る屋台が並んでいる。いかにもヨーロッパという風情で興味深い。
ブルデンツ駅も日本の駅とは雰囲気が異なっており、このたたずまいがなんともいえない魅力をかもし出している。
駅前にはクラフトの工場がある。日本でもおなじみの乳製品メーカーである。
クライミングジムがあった。かなり本格的なボルダリング課題が設定されているもので、オーストリーの小さな地方都市であるブルデンツでも屋内クライミングジムが商業ベースで成り立つほどに盛況なことを知って特別に考えるところがあった。
そしていよいよカトリック教会。教会は高台にあるので少しばかり急な屋根付きの階段を登っていく。魚の形をしたドアのノブを回して重量感のあるドアを開け、聖堂の中へ静かに入る。高いリブウォルト天井と黒漆のような塗装が施された祭壇。そして大きな聖母子。それは見事なものだ。今はこの世にいない父や祖母や叔母たちを思ってしばらく静かに祈る。
ブルデンツの見学にかなりの時間を費やし11時少し前にインスブルックへと出発した。
インスブルックへは二時間を要し到着は13時となった。
この街を網膜に焼き付けておきたいとの小さなこだわりが私にはある。それは言うまでもなくヘルマンブールの生まれ育った街だからである。彼の生涯を描写した「8000mの上と下」には強い影響を受けたし、ヘルマンブールの中にカトリックの信仰がしっかりと根を張っていたことにも興味を引かれていた。ヘルマンブールが幼い頃、ミサ仕えをした時の思い出は、彼と同じように幼児洗礼を受けた私の記憶と重なるのである。カトリックの教会暦にちなむ記述もまた随所にある。
インスブルックでは聖ヤコブ大聖堂をはじめとして三つの聖堂を訪れた。聖ヤコブ大聖堂前にある聖品のお店で、母や妹たちそして子供たちへロザリオやメダイなどをお土産として買い求めた。インスブルックでの滞在時間は結局5時間にも及んだ。すでに16時を過ぎているが、なんとかイタリア領内までは到達せんと、ドロミテの山の都コルチナダンペッツォへ向かってハンドルを切る。
インスブルックからイタリアドロミテへは高速道路の通るブレンネロ峠(ブレンネル峠)を越えるが、入口を見落としてしまった。やきもきしながら高速道路の下道をしばらく走行。GPSがあればこのような経験はしないで済んだのであろうが、このハラハラ、ドキドキこそがパックツアーでは味わえない旅の醍醐味なのだと思う。
ようやく高速道路に合流しブレンネル峠を越えてイタリア領内へと入る。すでに夕方になって今日中にコルチナダンペッツォへ入るのは無理だということがはっきりしたので、ミシュランの地図にあるキャンプ場を妻が物色しながら走る。
ブレンネル峠から谷を下ってブレッサノーネという人口2万人ほどの小さな街に到着。ここから東へ向かう道をたどり、ドロミテの北側からミズリーナ湖を経由してコルチナへ入る目論見だが、そのルート上にギッセルキャンプ場(Camping Gisser)というキャンプ場がある。今夜はここに泊ることにして、まずは食料などの買出しだ。ブレッサノーネの街には大きなスーパーマーケットがあったのでここに立ち寄って買い物をする。
たくさんの野菜、干し肉、ワイン、ジュース、パン、ピクルスなど。
少し道に迷ったりしながら、ようやくギッセルキャンプ場へ到着。ご他聞にもれずホテルとレストラン、そして温水プールなどの設備が整っており、快適そのものだ。すぐに宿泊手続きをして、テントを張る。遅い到着だったのですぐに暗くなった。タープの下にマットを敷いてテーブルを出し夕食。食後、干し肉をナイフで削りながら赤ワインを飲む。なんという幸せ。