2009年 秋

奥只見 只見川

恋ノ岐川

2009/09/20-23

恋ノ岐川は清水沢を過ぎると時折このような造形を見せてくれる

恋ノ岐川
なんというロマンチックな名だろうか。
今年の9月は敬老の日、秋分の日を挟んでかつてない五連休。かなり前から妻とどこかへ行こうと、さまざまなプランを思い描いていた。
ここのところ山のレパートリーも豊かになって、想像するだけでウキウキするようなプランばかりである。山に登るプランは無限にあるとつくづく思う。
ところが出発一週間前になって谷川さんが「この時期は土橋さんと奥只見にいるから、恋ノ岐川へ行くんだったら送っていくよ」と誘ってくれた。恋ノ岐川は入渓地点と下山地が離れている。その間の交通手段が大きな悩みの種なのだ。この好意は願ってもないことだったし、誘ってくれた気持ちがありがたい。
当初の計画を変更して恋ノ岐川へ行こう。
ところでこの恋ノ岐川だが、実は2006年9月に細田さんと遡行しようとしたことがある。その時、私はとんでもない大ドジを踏んで、遡行は中止となってしまった。その大ドジとは・・・衣類のほとんどすべてを自宅の玄関に置いてきてしまったのである。恋ノ岐橋に到着したとき、私は短パンとTシャツだった。その格好で恋ノ岐川の清水沢まで行ったものの細田さんは私を責めることもなくキリンテでのオートキャンプに切り替えることを承諾してくれた。そして檜枝岐の農協の売店で衣類を長袖のシャツとモモヒキを買って三日間を過ごした。
そんなことがあったので今回、檜枝岐で細田さんとバッタリ出会ったのには本当にぶったまげた。

9月19日(土)

五連休は今日から始まっているのだが、妻は四街道小学校の運動会があったので出発は夜となった。
いつもなら軽量化はあまり考慮に入れず大型ザックを背負っていく私だが、今回は少しばかり軽量化を行う。20年ほど前にグランドジョラス北壁を登った時に背にしたクライミング用のザック。久しぶりにこれを引っ張り出し、このザックにすべての荷が入るように装備と食料を調整する。
夕方、妻がへとへとになって帰宅。ちょっと待って・・・というなりベッドに倒れ込んで眠りこけてしまった。運動会に相当疲れきっているようだ。
予定よりだいぶ遅れて19時半に四街道の自宅をでた。美女木で事故渋滞にはまり、関越自動車道の小出経由で下台倉沢の駐車場に到着したのは1時過ぎだった。駐車場はすでに満車状態で、日本100名山フィーバーの真最中という感じだ。土橋さんと谷川さんの車を確認し、トイレの脇の空き地に車を止めた。

9月20日(日) 晴れ

薄明るくなって起き上がると。車のフロントガラスに「Welcome!賀来さん奥只見へ」といプラカードが貼ってある。さっそく谷川さん土橋さんの車のところへ行く。二人はすでに起きてコーヒーを飲んでいた。再会を喜び合う。
「これを持って行け」と梨、梅酒(1996年もの)、岩魚の焼き枯らし、梅、その他もろもろを私に持たせる。
まるで実家に帰省した時に親が子に渡すように・・・ありがいことだ。
「谷川さん、そんなに担いで行けないよぉー」と言ったら「じゃあ車に置いておけばいい」
そして一段落してから谷川さんの車で恋ノ岐川橋まで送ってもらう。恋ノ岐川橋には10台以上の車が所狭しと駐車している。谷川さんが言うには恋ノ岐川橋では車上あらしが頻発しているとかで、ここには車はとめないほうがいいそうだ。
記念写真を撮ってもらってからさっそく入渓。
しばらくの間、谷川さんは橋の上に立って私たちを見守っていてくれた。左岸の踏み跡に這い上がり、手を振って別れを告げた。
左岸の踏み跡はかなりしっかりとしたもので、30分ほどつづいたろうか。やがて不明瞭になったので河原へ降りる。降り立ったところで初めての休憩をとっていると後続のパーティーがやってきて追い越して行った。
通過困難と思われる滝には巻き道がある。見覚えのある小ゴルジュや大きなプールをもった小滝などをゆっくりと越えていくと、序盤の見せ場の一つである二段10m滝に到着。いかにも大物が住んでいそうな深い釜を有した滝である。右の階段状のリッジを登る。以前、ここで細田さんと釣り糸を垂れたことがあるが、まったく当たりがなかったのを思い出す。
これを超えると清水沢である。この近辺はナメが発達して美しく、ビバークに最適な場所が点在している。ただとても残念なことだが釣り人の残したゴミが散乱しているのが何とも悲しい。
細田さんと2006年に来たのはここまでだ。
谷はあくまでも穏やかで、遡行に障害となるものは全くと言っていいほど存在しない。
美しいナメ滝の途中に腰を下ろせる場所があったので、ザックをおろして昼食にする。バーナーに点火しチリトマトヌードルを食べる。食べていたら若い男女が追い越して行った。
昼食後もゆっくり登っていく。河原歩きが大半だが、時々ナメや大きな釜を持った滝などが現れる。腰近くまで水につかってへつったりしながら越えていく。ところが午後になって妻の歩行速度がだんだん落ちてきた。しまいにはナメクジが這うような状態。おそらくシャリバテであろう。ザックをおろしゼリー飲料を2パック飲んでもらう。そうとうばてた感じもあったが幾分歩行速度も回復したようだ。
小さなトロ場と小滝が続くので単調さは感じない。一つ一つを丁寧に越えていく。オホコ沢まであと30分くらいのところで、大学生が幕を張っていた。話を聞くと、オホコ沢周辺は遡行者であふれかえり、良い幕場はもう空いていない。それで30分ほど戻ってきてここで泊まることにしたという。
どうしようかと考えたが、妻と二人がささやかな一夜を過ごす場所くらいはあるだろうと先へ進む。
いよいよオホコ沢が近付いてくると両岸が切り立って、今までにない険しい滝が二つ三つ連続する。その滝壺では先ほどの大学生の仲間がルアーで釣りをしていた。ここを過ぎるとオホコ沢の出合だ。出合の一等地には釣り人が陣取っていた。さらに上流に向かって転々とテントやタープが張ってある。ほんの小さな河原すらも露営する人たちで埋まっていた。その中の人に「今日はどこまで行くんですか?」とたずねられたが「泊まれる場所が見つかるまで・・・」と答えるしかなかった。
小さな滝の手前にわずかな河原がある。大きな岩があって斜めに傾いているが、ここにテントを張ることにする。テントの一部は水流に浸からざるを得ないほど狭い場所だがいたしかたない。とてもたき火などする場所もないし、多くの遡行者によって薪となる流木はほとんど使われてしまった後だ。炊事をしていてもすぐ下流にタープやらテントやらがみえる。釣り人も加わって日曜日の丹沢の水無川本谷よりも人出が多い状態である。
簡単に夕食を済ませ就寝した。

9月21日(月) 晴れ

よい天気だ。
人ごみの中で登るとは想像していなかった。朝早くから遡行者が私たちのテントの前を登っていく。釣り人たちはオホコ沢へ向かうようだ。
私たちも薄暗いうちから起きて簡単な朝食を済ませ、昼食の弁当を作る。少し軟らかめに炊いた飯をタッパーに入れ、飯の上に塩こんぶを敷き、さらにシャウエッセンを三本のせる。これがうまいんだな。
今日は、姫の池周辺は幕営禁止ということなので、稜線直下で適当な場所を見つけて幕を張りたいものだ、と思いながら出発する。
オホコ沢から沢は美しさがより一層顕著となる。流れは細くなっているが、時々大きな釜を持った滝が現れて、通過に頭をひねったりする。これが結構面白い。あるところでへそまで水に浸かってトロを20mほど進み、どん詰まりの滝の左側壁を登る場所がある。私が先に登って妻が後に続く。ほんの4mほどの側壁なので下を覗き込みながら登ってくる妻に「そこの一歩がちょっとムズいよ」と声をかけたら「ムズいならロープ出してよ」としかられた。
お助け紐を積極的に使いながらどんどん登っていく。流れの細さに比べて釜が大きい小滝が連続する。
そうこうするうちに最源流部の50mナメ滝に到着。時々、右岸(左側)の灌木を使いながら登っていく。ちょっとした段差のあるところではお助け紐で妻を引き上げる。遡行ガイドでは50mとあるが、もっと長いようだ。
一気に高度を上げて展望が開けていく。
標高1790m付近で、恋ノ岐川は左手の登山道のある稜線と最も接近する。その高低差は30mに満たず、ここから稜線へ上がる予定だが、そろそろ近いようだ。
快晴の秋空のもとでのんびり歩いていると右岸に絶好のテントサイトが現れた。対岸には小さな枝沢が清い流れで合流している。恋ノ岐川の本流もすでにせせらぎといってよいほどに流れは細い。幕場となるサイトはふかふかの下地をもった台地で、先行者が残したたき火の跡がある。
もうここに張るしかない!というほどの物件である。まだお昼を過ぎたばかりだが即決してザックをおろす。昨日の幕場が最悪だったので、天国のようにも感じる。テントを張り終え、秋の日差しを浴びながら、寝そべって空を見る。
しばらくのんびりしてから、一度稜線まで登ってみようということになり、再び渓流シューズをはき、お菓子を持って出発した。
これだけ人の多い恋ノ岐川だから最短距離で稜線へ突き上げる個所には踏み跡ぐらいはあるだろうという安易な気持ちで歩き始めた。
15分ほど遡ってから滝の手前にある左から入っている小さな流水溝がある。地形図を確認することもなく、ここを登り始めた。
標高差30mほどで稜線に出るはずなのに50m登っても稜線に出ない。ひどい藪こぎとなって、だんだん陽が傾きかけてきた。どうやら流水溝をたどったのが間違いのようだった。この流水溝は1903mの標高点に突き上げるもので、稜線と平行に落ち込んでいるようだった。結局1時間も藪こぎをした挙句、へとへとになって1903m標高点付近で稜線の登山道にでた。
登山道から稜線を見下ろしながら地形図と対比しながら現在地を再確認する。下に見える稜線の鞍部から恋ノ岐川まで非常に近いことがよくわかる。稜線から笹を刈り払えば、格好の水場となることだろう。しかしながら恋ノ岐川と稜線とのたった30mの間の濃密な笹やぶが、その通行を妨げている。
姫の岳まで登りたかったが、明日の楽しみにとっておこうということで、今日はこのまま幕場まで戻ることにする。登山道の1820m付近には木道が整備されており、その木道から恋ノ岐川へと笹やぶに入った。あっけないほど近い。最後の10mほどが急斜面だが笹につかまって下れば容易に下降できる。ものの10分の下降であった。
下りついた恋ノ岐川から見るととてもここが稜線への最短路となる登り口だとは思えない地形をしている。人が登った痕跡もない。明日の為に目印を付けて幕場へ戻る。5分ほどでテントに到着。
快適な幕場。流木を集めてたき火をする。飯を炊き、いつものカレーを作る。翌日の弁当の下ごしらえをして寝袋に入った。

9月22日(火) 小雨のち晴れ

いつもの通り4時前に目が覚めて、テントから空を見上げると星は見えない。今日は下山日なので明るくなるまで寝袋に再びもぐった。
明るくなってから空を見ると曇り空だった。簡単な朝食を済ませ、パッキングをしていると雨が降り始めた。小雨である。下山ルートの登山道には水場が二か所あるので水はそこで汲むことにして水筒はカラのまま。妻は雨具を着て出発。
稜線への登り口へはすぐに着いた。前日に目印を付けていたから、よかったものの、それがなければ素通りしてしまうような場所だ。いよいよ左側の斜面を登りだす。出だしの2mは灌木や笹につかまって、腕力で登るしかない。濃密な藪を登っていく。今日はザックがあるので藪に引っ掛かって非常に登りづらい。それでも15分ほどの藪こぎで木道へ出ることができた。
木道にザックをおろし、一休みする。
小雨の中、池の岳へ登ることはあきらめて、このまま下山することにする。いつものことながら登山道の歩きやすさには感動だ。平坦な道をしばらく歩き、そろそろくたびれてきたかなというところで、白沢清水に到着。ザックをおろし水を汲もうと水場へ行く。ところが水は全くない。涸れているのだ。居合わせた百名山ハンターらしき登山客もがっかりしている。
オホコ沢の源頭に当たる台倉清水まで頑張ることにして出発。
ところが台倉清水も涸れていた。水が一滴もない状態での下降。すでの妻はナメクジモード。最後の予備食として残しておいたゼリー飲料は四つ。これを妻に飲んでもらい、励ましながら下降を続ける。もちろん私は何もなし。ところどころでへたり込むように腰をおろして休む。幸いにも天候は回復し時折陽が射す。稜線は紅葉が始まっており、見下ろすと「砂子平」の蕎麦畑の一本道に車が走っているのが見える。水さえあれば台倉岳の山頂で湯を沸かして味噌汁を飲みながら弁当を食べたかったが、のどが渇いて弁当を食べるのも一苦労だ。
やっとのことで登山道を下り切り、下台倉沢にたどり着いて沢の水でスポーツドリンクを作る。がぶ飲みしたことは言うまでもない。
車にたどり着いたのは14時を少しまわったばかりだから家路に就けばかなり早い時間に四街道へ帰ることができる。しかし休暇はもう一日ある。
檜枝岐で温泉に入り、3年前に細田さんと泊まったキリンテのキャンプ場で一泊することにして車を発進。まずは「燧の湯」へ直行。ゆっくりと入浴し休憩所でアイスクリームを食べて妻を待っていたら眠ってしまったようだ。そして買出し。食材を売っているのは農協の売店しかないので、そこで買い物を済ませ往還へ車を出そうとしたときだった。
往還の右側から細田さんが歩いてくるではないか!
細田さんが御神楽沢へ行っているのは知っていたが、檜枝岐で会うとは何たる偶然。山の仲間たちと歩いている。聞くところによると、バスと船を乗り継いで車まで戻るしかないので、檜枝岐の民宿に泊まる算段をして、これから「駒の湯」に入ろうと歩いていたというのだ。
せっかく再会したのだから、キリンテのキャンプ場に一緒に泊まって酒を飲みたかったのにとても残念だ。
細田さんたちと別れ、キリンテのキャンプ場へ向かう。細田さんと泊まった「かわばたキャンプ場」だ。五連休の最終日なのでサイトは空いていた。モンベルのムーンライトZとクローズ型のリビングテントを張って、焼き肉をする。会津ほまれを少し飲んで就寝した。

9月23日(水) 雨のち曇り

起きると雨。
雨の中撤収。8時にキリンテを出発する。五連休の最終日ということで高速道路の渋滞が案じられたが、渋滞はまったくなく、300kmを快調に走り、12時前に四街道へ帰着することができた。




出発前に谷川さんに撮影してもらう
恋ノ岐沢ではなく恋ノ岐川である



所々のアスレチックな動作が面白い



清水沢の上部



トロ場をヘツる



心地よい小滝が時々あらわれる



トロから滝の上に這い上がる

初日の中盤

二日目のヘツり



時には腰まで釜に浸かる



最源流部の50m大ナメ滝



超マジモードで50m大ナメ滝を登る妻



標高1790m地点
ここから左手のササやぶを標高差30m登ると登山道

藪をこぐ妻

登山道は部分的に木道で整備されている