2009年 夏

西丹沢

玄倉川本流からユーシン

2009/7/11

お母さん、腕がぷるぷるしているよ

先々週の続きをやってユーシンロッジまで行ってみたいと妻に話していた。
そうしたら金曜日の夜に敦子が明日は休みだから一緒に行けるという。
私は小躍りして喜んだ。
「あっちゃん、一緒に行こう!」

7月11日(土)晴れ

5時前に四街道を出発。
秦野中井ICで東名をおり、渋沢の「すき家」で朝食をとって8時前に玄倉林道のゲートに到着。青崩れ隧道の入り口までは林道に障害がないことが判明したので青崩れ隧道入り口まで林道を歩く。
青崩れ隧道入り口から踏み跡をたどって玄倉川の本流に降り立つ。全く水は流れていない。
沢支度を整え歩きだす。最近雨が降っていないらしくオタマジャクシが大量発生しているせいか水が生臭い。
それでも水は透明で美しさに変化はない。モチコシ沢あたりまで来たときに敦子が「怖いところが全くないお気楽ミニミニ黒部って感じだね」という。たしかにこの渓谷美には素晴らしいものがある。わざと深いところへ入って登るなどしながら遡っていく。ある淵では完全に足が浮くようなヘツリをわざわざして遊ぶ。
敦子が超マジモードの妻に言う。「お母さん完全に体を浮かせて力を抜いたほうがいいよ」「うん、そうしているよ」「じゃあ、なんで腕がぷるぷるしてんの?」「だって深い方へ行っちゃったら怖いんだもん」
私は爆笑してしまった。
花崗岩の岩肌には星のような形の岩タバコの花が散らばっている。
ひと時楽しませてくれた本流だがすぐにすぐに玄倉ダムに到着。ここで一休みしてコーヒーなどを飲み、林道へ這い上がる。
そこで目を見張ったのは玄倉ダムに湛えられた水の青さだった。ここまで来たかいがあったと思わせるような神秘的な美しさ。三人でしばらく見とれてしまった。
同角隧道を超えると再びゲート。鍵がかかっていなかったので通過できたが、もしこのゲートに鍵がかかっていたら林道は通過不可能だろう。谷も山も切り立っておりゲートを巻く手段がないと考えられるからだ。
林道をさらに行くと見覚えのある同角沢出合。幾度となく遡行と下降を行った思い出深い沢だ。
やがて雨山沢出合。ここの芝生でキャンプしたことがあったねと妻と話す。まだ素直がおむつをしていた頃のことだ。そして見覚えのある草原。ここは本当に素晴らしいキャンプサイトだった。増水の心配のない芝生に覆われた段丘。そして広大な河原。我が家の子供たちがまだ幼かったころに過ごしたテント生活を思い出した。そのたたずまいは今も変わらない。
そしていよいよユーシン。杉木立の舗装路は苔むして往来のないことを物語っている。ユーシンロッジは鹿の楽園と化していた。それでも非常用に公衆電話は生きているようだ。ロッジの一区画が非常用に開放されているようで、中に入ってみた。ドアを開けてみるとカビ臭い室内は薄暗かった。電灯がついたのには感動した。自炊用の炊事場は蛇口をひねると水が出た。カビ臭くてとても快適とは言えないが、非常時には心強い存在だ。自炊場でそばを茹で昼食にする。ねぎを刻み、ワサビを添えて食べるざるそばはとても美味しかった。
ユーシンロッジは、日山協指導常任委員会内での自己研修としての合宿で使ったことがある。ベルニナ山岳会の堀江さん、東芝山岳部の増子さん、都岳連の松元さん、そして日本山岳会の松永さん。ロッククライミングの研修だったからオーバーハングをフリーで猿のように登っていく私を見た堀江さんに「賀来、おまえは本当に社会人か?」と言われた日がついこの間のように思い出される。
それしても私は身勝手でわがままだ。なぜならば林道の再開を願う一方で、このまま林道が不通のままで原始の姿に帰っていくユーシンを願う私がいる。
往路を戻って帰路についた。途中で軽トラックとすれ違った。許可車両は通行しているようである。発電所などの維持管理を考えると当然なのかもしれない。

ゲート 07:57
青崩れ隧道入り口 08:38
青崩れ下の玄倉川河原 08:44-09:07
モチコシ沢 09:20
スラブ滝 09:34
残置ロープのある美しい淵 09:39
お母さんがぷるぷるした淵 10:01
玄倉ダム下 10:09-10:48
林道(玄倉ダム) 10:51
同角沢出合 11:11
ユーシンロッジ 11:49-12:43
青崩れ下の玄倉川河原 14:31
ゲート 15:12


大きな倒木が気分を盛り上げる



転がる岩も双六谷のようにでかい



スラブ滝



なにこれ! 超たのしいよォー



お母さん、なんでぷるぷるしてんの?



玄倉ダムの下で休憩



玄倉ダムの湖水

ユーシンロッジ