2008年 初夏

丹沢 本谷川

キウハ沢

2008/05/24

片桐のクレッターザックを背にして大滝手前のゴルジュを行く

丹沢山に東面から突き上げるキウハ沢は名の知られた沢である。私も山登りを始めた初期の頃からその名を知っていた。いつか登ってみたいと心の中で暖めていた沢の一つだ。
メジャーな沢として昔から有名なキウハ沢であるが、位置するのが丹沢の最深部で交通手段がかぎられていること、そして蛭の生息域であること、さらには数年前から車の進入が制限されアプローチが不便になったことなどから、訪れる人はさほど多くはない。
このようにあまり条件は芳しくないが妻も先週のモロクボ沢で沢歩きの勘を取り戻しつつある様子なので、思い切ってキウハ沢へ入ることとした。
なお、キューハ沢、キュウハ沢などとも称されるが、ここではキウハ沢と呼ぶことにする。

5月24日(土)曇り時々晴れ 後 雨

天気予報は芳しくない。昼前後から雨を報じている。
土曜日、素直は授業がある。妻は朝食を作る。寝ぼけ顔で素直が起きて来たのを確認して、妻と二人で出発する。
6時半過ぎの出発となったので首都高速の渋滞を心配したが渋滞はなく、宮が瀬ダムから中津川に沿う細い林道をゆっくりと走る。
深い森の中を車は山奥へと分け入っていく。塩水橋にゲートがあって、これより先へ車は進入できない。既に多くの車が駐車している。あとで知ったことだが丹沢山は日本百名山の一つに数えられているようだ。
私たちもここに車を止め、山支度をする。
新調した片桐のクレッターザック大を背負って9時15分歩き始めた。
ここから本谷川沿いのアスファルトの林道を三キロほど歩く。幸いなことに時折陽もさして空気はさわやか。小一時間ほど気持ちよく歩いてキウハ沢出合に到着した。「キューハ沢」と記された小さな古い標識がなければ通り過ぎていたかもしれない。
ここで渓流シューズに履き替えにぎりめしを食す。
キウハ沢に入渓するとまずは堰堤が五つほど連続する。すべて右側から越える。途中で戦時中に墜落した軍用飛行機のエンジンと慰霊碑がある。黙祷して先へ進む。
最後の堰堤を越えるとまもなく連瀑帯が始まる。それなりに登っていくと古い堰堤を持つ四町四反ノ沢が左から合流。
このすぐ先に大滝がある。落差12mの直瀑で、壁自体がオーバーハングしているので水は空中を飛んで滝壷に突き刺さる。左手にジメジメした薄暗いチムニーがあってここを登る。落ち口へのトラバース部分に浮いたホールドがあって要注意。支点も良くないので落ちると死亡事故になる可能性がある。巻いたほうが賢明かもしれない。もちろん妻をビレイする。
大滝を越えて大休止。湯を沸かしビスケットとコーヒー。
しばらくゴーロを歩き再び連瀑帯。遡行図にあるF2であろう。途中まで登って左の顕著な小ルンゼを登る。このルンゼの上の斜面を少し登りすぎたようで沢に戻れなくなってしまった。しばらく斜面をトラバースして木を支点にして10mの懸垂下降で沢へもどる。
沢に降り立って再び大休止。
山の中で新緑に囲まれコーヒーを飲みながら妻の話を聞くのは楽しいものだ。
沢はやや冗長となって中だるみ状態がしばらく続く。思い出したように滝が出現するが、多くは小さなゴルジュ状をなして岩盤が美しい表情を見せる。時には巻くなどしながらゆっくりと登っていく。
妻が遅れ気味になるのを立ち止まって待つような場面が多くなる。沢の傾斜が増して正面に大伽藍沢分岐を示す崩壊地が見えてきた。大伽藍沢は豊富な水量をもって上流へと続いているが、キウハ沢の本流は急角度で左へ曲がり、涸れ沢となっている。ちょっと違和感があるが、持参の遡行図と符合する。
雨が降り始めた。
すぐ先には3mのチョックストーン涸れ滝が見える。浮いたホールドに注意しながら左の壁を登る。もちろん妻をビレイ。
チョックストーン涸れ滝を越えると上にボロボロの15m涸れ滝が見える。右の凹角に取り付き5mほど登ったが手をかけただけでボロボロと岩がはがれ落ちる。危険と判断して左のザレを登る。
ザレをつめ上げて尾根に出る。登りついた尾根上はブッシュが皆無で登りやすい。
しかし妻はすでにバテバテモード。数歩登って立ち止まり、肩で息をしている。時間はどんどん過ぎていくが、日没までにはまだ時間がある。雨に打たれながら気長にゆっくりゆっくりと登っていく。
尾根はゆるいザレ場となって支尾根に合流、更に幅の広くなった尾根を登っていく。森の下地は低い笹と蕗に覆われ、鹿による獣道が交差する。雨の森の中はちょっぴり幻想的な風景で、なかなか感じが良いものだ。少し肌寒いが苦痛はない。
ようやく稜線の登山道に出た。
「山頂には通年営業のみやま山荘があるからそこで休もう」と妻に告げると山小屋のあることを知らなかった彼女の顔がぱっと明るくなった。幾分元気を取り戻した妻を先頭に丹沢山の山頂へ向かう。
まさに山頂に「みやま山荘」はあった。すでに電灯がともっていた。中に入って一休みする。500円のポカリスエットをそれぞれ一本づつ飲む。ヘッドランプを出してヘルメットに装着し雨の中を下山開始。ちょうど18時だった。
途中で暗くなり、塩水橋の車に帰着したのは20時過ぎだった。渓流シューズを脱ぐと、数匹の蛭がたかっていた。用意していた虫除けスプレーを吹き付けるとポロリと地面に落ちた。
妻も私も疲れていたが、車の暖房で体が温まって落ち着くと、奇妙な充実感が湧いてくる。そう、いつもの通り、すでに今回の山行も思い出に昇華しつつあるのだった。


塩水橋 9:15
キウハ沢出合 10:15--10:40
飛行機エンジン 11:05
四町四反ノ沢出合 12:08
大滝下 12:10
大滝上 12:25--12:55
大伽藍沢分岐 15:40
15m涸れ滝 15:55
尾根上 16:20
登山道 17:25
丹沢山山頂 17:40--18:00
塩水橋 20:15


堰堤を過ぎ、流れを飛ぶ妻



小滝が続く



小規模なゴルジュ



ここで落ちるとちょっとまずい



大滝まであと少し



大滝



大滝左のチムニーを登る



大滝の落口をトラバースする妻
下は井戸のように落ち込んでおり
ビレイしていても落ちた場合の墜落者のダメージは高い



どこかの滝



大伽藍沢分岐点



チョックストーン涸れ滝



最後の15m涸れ滝の左側のザレを登る



バテバテモードの妻を待つ

はぁ、やっとたどり着きました