2008年 冬

八ヶ岳

赤岳
ワンデイ

2008/03/02

文三郎道の上部

金曜日の夜21時過ぎ、私は品川駅へと家路を急いでいた。すると携帯電話にメール着信。
「来週テストなので勉強などで山に行けません。 素直」
期末テストを控えて、あまりの極楽トンボぶりにどうやらお母さんからクレームがついたらしい。
今日の夜から素直と敦子と私の三人で雪の八ヶ岳へ行く予定だったのだ。素直はさぞかし肩を落としていることだろうが、仕方がない。お母さんにはさからえないもんな。
帰宅して敦子と相談する。本来は行者小屋までテントを担ぎ上げて一泊する予定で敦子による食料の買出しもすでに済んでいるが、気勢もそがれてしまったし、私の帰宅時間も遅すぎた。出発を一日遅らせて土曜日の夜に出発して現地で仮眠し日曜日に赤岳を往復することになった。

3月02日(日)晴れ

前夜のうちに道の駅小淵沢へ入って仮眠したが、狭い車内では微妙にひざを曲げざるを得ずほとんど眠ることができなかった。アスファルトの上にテントを張って就寝した方が良かったのかもしれないと思う。
4時半になったのでまだ夜の明けきらぬ美濃戸口から林道へ車を乗り入れる。低温下の紛雪ではチェーンを装着した四輪駆動車でも滑る。時々、車体が斜めになって滑っていくので冷や汗の連続だ。
美濃戸の赤岳山荘の駐車場に車を入れ、仕度を整えていると夜が明け始めた。寒気に身をさらしながら歩くのが億劫な感じがしないでもない。素手で靴紐を締めていると寒さで指先が痛い。
行者小屋へとつづく雪道を踏みしめながら敦子と二人でゆっくりと歩いていく。
今年になってから山登りの機会に恵まれず、高い山にはまったく登っていない。
薄暗い針葉樹の森の中は深い雪に覆われところどころに動物の足跡が横断している。息を切らせながらゆるく登っている敦子の前髪が白く凍りつき始めた。久しぶりの山登りでかなりきつい。敦子も同様なようでしばしば立ち止まって休む。
白河原と名づけられた場所に飛び出した。3月の陽射しに照らされた広い雪原がまばゆい。
深い雪の中を歩いていくと大きな真っ黒な動物が私たちの目の前を横切ろうとしている。ふさふさの毛に一瞬熊かと思ったがよく見るとカモシカだった。右前足を骨折しているようで、逃げるに逃げられないのだろう。厳しい八ヶ岳の冬を越えて、春まで生きていることができるのだろうか。
カモシカを見てから行者小屋は近かった。まぶしい春の陽射しの中でザックに腰掛けてテルモス(魔法瓶)の湯でロイヤルミルクティーを作って飲む。背中に陽のぬくもりを感じるが、3月初旬なので気温は低く行者小屋の屋根に積もった雪も溶け出す気配はない。
腰を上げて赤岳山頂へと続く文三郎道へ向かう。
文三郎道は樹林帯を抜けるあたりから一直線の登りがある。一旦、平坦地はあるもののそれは概ね赤岳主稜への分岐点2600m付近まで続く。タイトロープ方式で敦子のビレイを始める。
幾度となく休みを入れながらあえぎあえぎ登る。赤岳主稜への分岐点周辺は鉄杭でセルフビレイが取れるので普通なら休憩に適しているのだが、今回は雪が硬くザックが滑り落ちそうで休憩をあきらめて先へ行く。
広大な斜面をトラバースしていく。季節によってはこの周辺も硬いアイスバーンになることがあって、冬富士のそれに似て非常に厄介な斜面となるが、今日はその心配はない。
中岳への分岐点の道標で大休止。気温は低いが風が弱いのが救いだ。この上から岩稜地帯がはじまる。私が先行しながら登っていく。ところどころで夏の登山道の鎖が雪から露出しているので、それを支点にしてビレイする。
赤岳南峰の山頂は近かった。ひょっこり山頂に到着。寒いので記念写真を撮っただけで下山開始。下降は地蔵尾根。
短い雪稜をたどって赤岳頂上小屋の建つ北峰へ進み、ここから一気に北側の斜面を赤岳天望荘(昔の赤岳石室)まで下る。赤岳天望荘は稜線上で冬季営業していた貴重な山小屋だったが、先月2月11日に宿泊客が一酸化炭素中毒となる事故が発生した。幸い大事には至らなかったが現在のところ閉鎖中だ。もし天望荘が営業していれば暖かい飲み物で休憩ができたのにちょっぴり残念だ。
天望荘の陽だまりで大休止。今回は1.8リットルと1リットルのテルモスを持ってきているので暖かい飲み物をふんだんに飲むことができる。
冬の地蔵尾根の下降は恐らく20年ぶり、いや30年ぶりかもしれない。幸いトレースがあったのでそれを追う。高校生の時に始めての冬山行で、単独で赤岳に登ったときにたどったのがこの地蔵尾根だった。あの時、吹雪の中私は地蔵尾根の中間部まで登り、上部を見上げて逡巡した。
岳樺地帯にたどり着くまで気の抜けない下降だ。岳樺地帯まで下ってほっとして振り返ると高校生の時に逡巡しながら見上げた斜面だった。
行者小屋で大休止をして往路を美濃戸へと戻る。
久しぶりの山登りで疲れていたが、明るいうちに車にたどり着くことができた。


美濃戸 06:20
行者小屋 09:35-10:15
赤岳山頂 13:25
行者小屋 15:15
美濃戸 16:50


大同心の岩峰



行者小屋周辺



文三郎道へ



文三郎道中間部



阿弥陀岳



赤岳山頂



地蔵尾根もここまで下ると安全地帯だ



カモシカ