2007年 初秋

南会津 丸山岳

大幽沢 東の沢 ヨシノ沢右股

2007/09/15--17

ヤブ沢から突如草原に飛び出した

会津駒ケ岳の北方14kmのところに丸山岳がある。
会津駒ケ岳はその南東斜面の麓に桧枝岐村があり容易に日帰りができるのに比べ、一方の丸山岳は四方を深い渓に囲まれ山頂へいたる登山道もない。ゆえに会津の秘峰などと呼ばれ、筋金入りの硬派な山好きの人たちには名の知られた存在でもある。
私たち家族は2005年の夏山合宿で白戸川メルガ股沢から会津丸山岳を目指した。白戸川からのコースは田子倉ダムにボートをチャーターして入渓すると言うワクワクするようなものだったが増水が激しく断念。そこで奥只見ダムへまわって袖沢からメルガ股沢上流部へ入ろうとしたが、やはり増水で袖沢を渡渉することがどうしてもできず撤退となった。このときはメジロアブの攻撃もはなはだしいものがあり、メジロアブの発生する夏期におけるこの方面の登山は避けた方が無難という結論に至った。
さて、丸山岳へ至る最も容易なルートは大幽沢東の沢経由のものだが、これとて二泊三日の行程となる。大きな滝はないものの三日間終始沢の中を歩くという本格的な遡行ルートなので、増水の危険を考慮に入れるとそれなりの経験者のみに許されたコースといえよう。
大幽沢の基点となるのは沼田街道沿いの只見町黒谷集落。黒谷で只見川の一支流である伊南川は黒谷川を分岐する。この黒谷川の上流部の支沢の一つが大幽沢である。大幽沢出合まで林道が通じており車で達することができるが、黒谷から小一時間かかるという大変な山奥である。白水社の日本登山体系を見ると大幽沢は上流で西の沢と東の沢に二分し、東の沢はさらに上流でヨシノ沢右股と左股に分かれる。丸山岳への登路となるのはヨシノ沢右股である。

9月15日(土)晴

前夜の内に道の駅「田島」へ入り仮眠。
明るくなってから黒谷川沿いの林道へ車を乗り入れた。最終集落である倉谷を過ぎたところで漁協の監視員に入漁料という名目で1500円徴収される。大幽沢は出合から1kmほど上流に取水口があり、これを管理するために取水口まで歩道が整備されている。歩道は一部崩落しているところもあるが手すり用のロープなどがフィックスされており随時補修が行われているようだ。歩道用の青く塗られた鉄橋を渡って大幽沢へ入る。
歩道を小一時間歩くと取水口に到着。想像していたよりも大規模な施設でちょっと驚いた。近くまで行ってみると管理のためのおじさんたちが作業をしている。取水口の先で河原におりる。
河原を少し歩いたところで左岸に踏み跡があったのでそれに入る。ところが道は次第に路は細くなり、急斜面を枝にぶら下がってトラバースするなどとても疲れる。これ以上進むのは真っ平ごめんということで30mほど下の河原に下りる。河原で昼寝。昨夜は徹夜で車を運転してきたからものすごい睡魔で腰を下ろした瞬間に爆睡。数時間眠ってしまった。あわよくばヨシノ沢の二股まで入りたいと思っていたがすでに夕方。沢中合沢(窪の沢)出合で泊まることにして先へ進む。
沢中合沢(窪の沢)出合の直前に小規模なゴルジュがある。黒部に比べるとかわいらしいゴルジュだが最後の10mは泳がなければならない。ザックの中身を完全防水処理をしていないので、ゴルジュの途中まで戻って左岸を高巻く。50mほど上にしっかりとした高巻き用の踏み跡があってそれをたどると程なく沢中合沢(窪の沢)出合に立つことができた。
ビバークプラッツは水辺から一段上がったところにあってブナの大木が頭上に枝を張っている。床はブナの葉の腐植土で柔らかく今宵のしとねとしては申し分ない。さっそくタープを張って、夕食の準備にかかる。
今回は軽量化を考慮しないで計画しているので食材に生野菜がある。長ネギ、ピーマン、たまねぎ、ショルダーベーコンなどをザクザク切ってフライパンで炒める。これだけの生野菜を山へ持ち込むのは初めてだ。たまねぎを炒めていると食欲をそそるにおいがしてくる。飯も真っ白に炊けた。
翌日の朝食の分まで飯を炊いていたのだが、その分までお替りをして食べてしまった。テントと違ってタープの下は手足を思いっきり伸ばしてくつろげるので楽だ。

9月16日(日)晴

一度二時頃目が覚めたのだが、まだ早いと思って二度寝をしたら寝過ごしてしまった。
今日は長丁場なので5時には出発したかったのだが仕方がない。朝食の仕度をしていると薪の煙が流れてきた。上流に別のパーティーが泊まっているようだ。
朝食を終わって6時50分にビバークプラッツをあとにする。15分ほど遡ると左岸にタープが張ってある。先ほどの焚き火の煙の主のようだ。焚き火跡を見るとかなり前に出発しているようだ。
40分ほどして遭遇するミニゴルジュにかかる2m滝は右岸をへつって突破しようとしていると上流から男女二人が下降してくる。最初、私を知人と勘違いしたようだったが気がついて下っていった。先ほどのタープの主だろうと思う。
どんどん遡っていく。ビバークプラッツを出発してから1時間40分ほどでヨシノ沢二股に到着。ここにもよいビバークプラッツがある。大休止しエネルギー補給。ヨシノ沢右股に入る。
ウドの茂みの中をヨシノ沢右股は順調に高度を上げていく。左からいくつかの沢が合流してくるがすべて右を選択していく。そうしていくうちに一旦伏流となり、再び水流が現れる頃、左から涸れ沢が入ってきた。そこに赤布が括り付けられている。わらじの仲間と記された小さな赤布には図が書いてあり、水流のある右方面に×印があり、左の涸れ沢を登路として示している。赤布にしたがって左の涸れ沢へ入る。笹藪のトンネル状となった涸れ沢を登っていくと次第に傾斜が緩み始め山頂部が近いことを感じる。
突如小さな湿原に出た。
妻も素直も歓声をあげている。おとぎの国のような湿原だ。
草原を少し登るといまや廃道となったトレースがくっきりと残っている。このような湿原地帯で一旦、踏み跡がついてしまうと容易には回復することができないことがよくわかる。一方、笹の回復力はたくましい。湿地帯のえぐれたトレースも笹原に入ったとたんに藪の中に消えてしまう。足の裏の感触でトレースを探りながら笹を掻き分けていく。丸山岳の手前にある草原のピークには小さな池塘が二つあって青い空を映している。トレースを踏み外して新たな傷を湿地帯に残さぬように注意しながら歩き丸山岳へ向かう。
そうして到着した丸山岳。昼寝をしている人がいる。しかも三人。熊よけの鈴を鳴らしてみても起きない。熟睡しているようだ。驚かせないように小さな声で「こんにちは」と声をかけると驚いたように飛び起きた。そうして「賀来さんでしょう?」とその中の女性がいう。「そうですが」とこたえると「岳人編集部の岩城です」という。原稿の件で電話でやりとしたことのある岳人編集部の岩城さんということに気がついて、私のほうがびっくり。こんなマイナーでよほどの山好きでなければ決して登ろうとはしないだろう丸山岳の山頂に岳人編集者が昼寝をしている。岳人編集部員の鑑のような人である。
同行はもう一人の女性と私くらい?の年配の男性。この男性は相当な精通者のようで展望できる周辺の山々を教えてくれた。そうして6人で遠くの山並みをボーっと見ていたら、誰かが「帰りたくないなぁ・・ここでもう二三泊していきたいな」とぽつりと言う。たしかに気持ちのよい山頂だ。
岩城さんたちとあい前後しながら下山。登りをがんばったせいか下りがやけに長く感じる。下っても下ってもヨシノ沢の二股につかない。いいかげん足がよろけてくる頃二股到着。
なんとか明るいうちに沢中合沢(窪の沢)出合のビバークプラッツまで戻りたいと先を急ぐ。登りに要した時間とほとんど同じだけの時間をかけて朝出発した沢中合沢(窪の沢)出合のタープに戻ることができた。とりあえず真っ暗になる前にたどり着くことができて、よかったよかったと親子三人で喜び合う。今日の夕食も豪華だ。レトルトのカレーにショルダーベーコンの野菜炒め。ビーフジャーキーやカワハギなど酒のつまみも盛りだくさん。そば400gとラーメン4つを残して、持ち込んだほとんどの食料とお酒を食べつくし呑みつくしてしまった。

9月17日(月)晴

天候に対する心配は杞憂に終わり青空が広がっている。今日は下山するだけなので楽だ。
7時前に岩城さんたちが挨拶しながら下山して行った。二時間遅れで私たちも下山開始。
天気もよく水も美しいこの山。できることならもう二三泊していきたい。それが無理なら少しでも長くとどまっていたい。
清流の脇の砂地に三人で座って、そばをゆでる。清らかな大幽沢の水で麺をさらしざるそばにする。薬味として山椒をめんつゆに加え食べる。なんというおいしさ。もう30分も歩けば取水口だ。取水口に到着したら今回の山も実質的には終わりを告げる。ザックを枕に砂地に寝そべって秋の空をいつまでも見上げていた。


大幽沢出合の鉄橋



西の沢出合手前のゴルジュ



爆睡してしまった私と素直



沢中合沢(窪の沢)手前のゴルジュ



野菜は素直が切りました



おいしそうな野菜炒め



ヨシノ沢右股



ヨシノ沢右股



山頂部の湿原へ飛びだした所



岳人編集部の岩城さんにシャッターを押してもらう



ビバークプラッツはこんな感じ



ブナの木の下で



清流でさらした蕎麦を食す

取水口

9月15日
  大幽沢出合8:43
  沢中合沢(窪の沢)出合16:35
    ※実質行動時間5時間
9月16日
  沢中合沢(窪の沢)出合6:50
  ヨシノ沢二俣8:23--39
  湿原12:15
  山頂12:46--13:03
  沢中合沢(窪の沢)出合17:56
    ※実質行動時間10時間
9月17日
  沢中合沢(窪の沢)出合8:50
  取水口14:13
  大幽沢出合15:04
    ※実質行動時間4時間