2005年夏

アキアカネ舞う

イーハトーブの渓 葛根田川

2005/7/22--24

毎月、社用の出張で札幌やら東北、あるいは新潟などへ行くが、7月第四週に予定されている出張では水曜日の仙台から始まって、山形を経て最終日金曜日に秋田で終わる計画らしい。
東北の山かぁ・・・ブナの原生林が広がる癒し系ってやつなんだろうなぁ・・・などとたまに空想する。
目の覚めるような清流とブナの森。そして焚き火と岩魚。ウーそそられるー。
金曜日に出張が終わって、みんなと解散した後で山に行ったらまずいかなぁーなんて思ったりする。
でも・・・、行っちゃおうかなぁー
そうこうする内に海外出張中の細田さんからの近況報告のメールのやり取りの中で「イーハトーブの渓はすばらしい」という記述に、とどめをさされてしまった。
よし行っちゃおう!
深い深いブナの森の中を流れる清流で酒と岩魚と焚き火でのんびりしてこよう。
さっそく必要最低限の装備を仙台支店に送り、倉庫への保管をお願いした

7月22日(金) 晴れ

金曜日の夕暮れ前の西日がながく影を落とす東北の山中の小さな駅前に降り立った。
スーツとワイシャツと革靴を脱いで短パンと半袖下着にビーチサンダル姿になる。不要なものをまとめて宅急便で送って、自動販売機で買い求めたワンカップをいきなりグビグビ呑み始めた。
半ズボンにメリヤスの下着、そしてビーチサンダル。これで麦藁帽子でもかぶっていればまさに山下清画伯そのものだ。
そんな私の姿を見て勤務先の仲間は腹を抱えてワハハハ・・・と笑い転げんばかりである。
「じゃぁ部長!気をつけてねー、バイバイ」
とか何とか言いながらゲラゲラ笑いつつ手を振りながら行ってしまった。
ぽつんと一人でたたずむ私。なんかオイラも帰りたくなってきたなぁ。
のろのろとタクシーで山へ向かう。
タクシーは田んぼの中を風を切りながらのんびり走っていく。山にはところどころ厚い雲がかかっているがふもとの斜面には夕陽が差し込んで、美しい。
しばらく走って滝ノ上温泉を経て地熱発電所の脇を通って山の中のそのまた山奥の林道のゲートの前で降ろされた。
そういえば昨年の夏はたった一人でずいぶんと山の中をほっつき歩いたので、単独行に対する免疫ができてしまったのかもしれない。ちっともさみしくない。
ザックの中には途中で買い求めたお酒がずっしりと入っているが、食料らしいものは米と味噌とふりかけとスポーツドリンクの粉末。これだけだ。
一方、お酒のほうは十分にある。日本酒一升とウイスキーボトル一本、缶ビールのロングボトル二本。
30分ほど歩いて林道の終点になり、沢タビに履き替えて沢へと降り立った。
日没も間近である。
沢は幅の広い瀬になっており、ひざ程度の渡渉を繰り返しながらのんびりさかのぼっていく。真っ暗になる前に、天幕を張る場所を見つけなければならない。左右の森の中に良い場所はないものかと物色しつつ歩いていくが、ぐずぐずしている間に暗くなってきた。ふと右を見ると左岸が河岸段丘になっていることに気がついた。
河岸段丘へ這い上がる。場所は大ベコ沢出合(秋取沢:地図上では明通沢)の100mほど手前である
そこはブナの落ち葉がふかふかのじゅうたんのようになっている森だった。ザックを投げ出すように下ろしてまずはビールを飲む。
さっそく天幕の設営を始めるが、張り終わる頃には真っ暗になってしまった。
清流の水で米をとぎ、飯を炊く。酒をちびちび飲みながら飯の炊き上がるのを待つ。
真っ白な飯。おかずは味噌汁と塩昆布だけだが、なんと言うご馳走であろうか。
明日はここをベースキャンプとして上流へ遊びに行ってこようかな。
ラジオでは低温注意報が発令されていること告げている。寝袋がないのでひざを抱えたままで丸くなる。

7月23日(土) 晴れ時々曇り

寝袋を持ってきていないし、出張帰りなので衣類もたいしたものは持っていない。半袖の下着と持参の短パンで寝たのだが、寒さで目が覚めた。
昨夜の冷や飯に味噌をのせ、熱い湯をかけて朝食。とってもおいしいなぁ・・・。腹いっぱい食べてしまった。
さて、今日は上流へ探検だ。今、6時だから4時間ほど登って10時になったら時点で折り返すことにしよう。そうすれば14時にはまたここへ戻ってくることが出来るだろう。スポーツドリンクの粉末をザックに放り込んで、沢タビを履き、6時10分のんびりと上流へと歩き始める。
しばらくは平凡な河原が続く。
バシャバシャとわざと水しぶきを上げながら歩いていく。足元を岩魚が走る。
滝らしい滝のない川筋をゆったりと歩いていくと前方にゴルジュが見えはじめた。真っ青な淵に沿ってへつっていくが、うまい具合に水中にひさしのようなバンドが走っており、自然の妙に感心してしまう。そのひさしから深い淵を望むと岩魚が群れをなして泳いでいる。
ゴルジュは途中で右岸から滝が流れ込み、中型の釜が連続しており、ちょっとした景観を呈している。
その後も穏やかな渓相がしばらく続いていたが、突然前方に下段5m、上段15mの大きな二段滝が現れた。
なるほど、これが葛根田川の大滝か
流れ落ちる水がきらきら光って美しい。大きな滝つぼにはでっかい岩魚がいるに違いないが、近くに寄るのが恐ろしいくらいの轟音で、思わずひるんでしまう。
おとなしく右から大きく高巻く。8時55分、細いながらも踏み跡があったので10分ほどで滝の上に出ることが出来た。
滝の上も穏やかな流れがブナ林の中を小さく左右に蛇行しながら続いている。
もうすでに9時なので、下山開始時刻まであと1時間である。もう少しだけ行ってみることにして走るようにして上流へと急ぐ。
30分ほど河原の石伝いに飛ぶようにして歩くと小さな淵に到着した。地形図にある上流の「滝の又沢出合」の二股まであと少しという位置である。
しばらく岩の上に腰を下ろし、ボーっとする。昔ならここでタバコでも吸うところだろうけれども、タバコをやめてしまったので昼寝をする。まぶたにきらきら光る木漏れ日を感じながらしばらくの間、うとうとする。
10時、起き上がって下山を開始する。
13時50分。ベースキャンプに帰り着いた。昨夜は寒さで熟睡できなかったので、眠くて仕方がない。天幕の中に入って日本酒を飲んでからしばらくの間昼寝をする。
陽が傾きかけたころ、やっと目が覚めた。
しばらくボーっとしながら、またもや酒を飲む。ブナの森の中にも西日が差し込んでくる。低温注意報が出ているせいか懸念していたアブや蚊の来襲もない。
岩魚つりでもするかぁということで、天幕の前の河原に竿を出す。立て続けに4匹をあげる。この沢の岩魚は人を知らないからか面白いように釣れる。
岩魚を傷めないように慎重にハリをはずし、4匹を生きたままびくにいれ、沢の中につけておく。こうして一晩置いておこうというわけだ。
なぜ?
岩魚はりリースしても死ぬ確率が高いという。こうして一晩ビクの中において、翌日生きている岩魚をリリースし、死んだ岩魚だけを食べようという魂胆である。
竿をたたんで天幕に戻る。天幕に戻るために2メートルの段差を登るが、そのときに仕事上のひらめきが頭に浮かんだ。
天幕の中に入ってから、そのひらめきを頭の中で反芻する。記憶が定着したところで飯の仕度だ。
と思ったものの飯を炊くのが面倒になり、日本酒をとろとろ呑む。
今日は土曜日。東京は暑いんだろうなぁ・・・、明日は戻るのかぁ・・・・などと想像する。

7月24日(日) 晴れ時々曇り

いつものとおり暗いうちに目が覚めた。
日本酒を呑んで体をあたため、また寝る。ブナの森の中で、こんな二度寝をするなんて長年あこがれていたことだ。
5時ころになったのでむっくりと起き上がり河原の石に腰を下ろし、日本酒を呑む。
目の前には高さ40m近いスラブ状の滝が本流へと注いでいる。それをただひたすらボーっとしながら眺める。視点が定まっているようでもあり、定まっていないようでもある。滝の音を聞いているようでもあり聞いていないようでもある。
ビクをあげてみる。二匹が死んでいた。さっそく薪を集めて火をおこす。焚き火の煙が川面になびいていく。なびく煙に朝日が差し込んでチンダル現象が空中に軍艦旗を描いている。
岩魚の塩焼きの下ごしらえをして、串を打ち、塩をして焚き火の傍らの砂地に立てる。
天幕に戻って横になってまた日本酒を呑むが、すぐになくなってしまった。しかたがないのでウイスキーの封を切る。
定期的に岩魚の焼け具合を調整ながら2時間ほど怠惰なうちに過ごす。
こんがりと焼けた岩魚をほおばる。
うまい。
河原の石に腰をおろし、岩魚を酒の肴にマグカップのウイスキーをストレートでちびちびやりながら、川面を見る。
たくさんのアキアカネが飛んでいる。まだ秋まで遠いが、夏の間は山の涼しいところにいるのかもしれない。そして秋の深まりとともにアキアカネはこれから里へ降りていくのだろう。
荷物をまとめて沢を下っているときにも私の頭や肩にアキアカネがとまる。
滝ノ上温泉からアスファルトの道を雫石駅までのんびり歩いていたら地元の親切な人が車に乗せてくれて小岩井駅まで送ってくれた
イーハトーブの渓、十分に私の心を癒してくれた。