2004年初夏

奥多摩 水根沢谷

2004/6/19

今日は一人ではない。
細田浩さんと一緒だ。1991年夏にシャモニの安宿で偶然知り合い、一緒にツール・ド・モンブランを歩いた仲である。元々山屋の細田さんはその頃世界各国を一人で旅している最中だった。当時から数ヶ国語を話すことができ、宿の交渉などもしてくれてずいぶん助かった。
そんな細田さんも今は堅気の給与所得者。ヨーロッパの言語から東南アジアの言語までこなすことができるからだろうが海外出張の連続でけっこう大変だという。
そんな海外出張の合間に山に行こうと誘ってくれたのである。
久しぶりにあうのだからガサツな山登りは避けたいので内容が濃くて短い沢「水根沢」をチョイス。細田さんは水根沢を大昔に登ったことがあるそうだが、私は初めてである。

6月19日 晴れ

夏の陽射しが照りつける奥多摩駅前で細田さんとまぶしさに目を細める。今日は暑くなりそうだ。こんな炎天下に尾根歩きはさぞかしつらかろうが、ハイキング客はたくさんいてバス停はごった返している。おかげで臨時バスが出ることになった。
臨時バスは瞬く間に満員になり立ったまま15分ほどバスに揺られ奥多摩ダムの直下にある水根バス停に降り立った。
水根バス停から緩やかな上り坂となったアスファルトを10分ほど歩き民家の庭を突っ切って行くと沢の水辺の草むらで5・6人くらいの若い人グループが沢歩きの準備をしている。彼らの少し先で私たちも沢へ降り立ち遡行準備を整える。細田さんはミゾー製のハンマーやハーケンなども持ってきていた。
「たぶん使わないと思うけど一応もってきたよ」
「あはは」
沢はうっそうとした木々に囲まれ、ところどころに木漏れ日がスポットライトのように射し込んで、光のあたっている部分が水面にキラキラゆれている。
水根沢はかわいらしい沢である。水量も少なく水もぬるい。バシャバシャと無造作に登って行く二人。しばらく行くと左の壁に長いスリングが下がっている釜をもった滝に出た。スリングを使って登るのかな?とも思ったが、釜の中をバチャバチャ進んで水流のすぐ左側をマントリングで簡単に越えることができた。
その後も滝というには少しばかり小さすぎるような段差がいくつか続く。
のんびりとおしゃべりをしながら歩いていく。
「以前聞いたことがあるんだけど、水の中から足が突っ立っていたことがあるんだって」
「えーっ、なにそれって、怖いよー」
「落っこちてヘルメットしてなかったんで頭打ったんだね。こんな水根沢でそんなことがおこるなんて信じられないよね」
というように細田さんが怖い話をする。まるで犬神家の一族みたいな話だ。
そうこうする内に小さな沢ながら両岸が高く聳え立ち始めその幅も狭くなって立派なゴルジュの様相を呈してきた。
1mほどに狭まったゴルジュの中を水流に逆らいながら登っていく。ゴルジュを抜けて少し行くと今までで最も落差のある滝が前方に見えた。直瀑ではなく樋状の凹角を滑り落ちる2段の滝である。遡行図にある大滝12mのようだ。滝の右壁を登るか高捲くらしい。おもしろそうなので水流沿いに登ってみようということになった。
瀑水をまともに受けながらブリッジングで登っていく。あと少しで落口だが足を置く角度が悪く右足のフェルト底が滑りそうだ。ふと下を見る。けっこうな高さだ。ここから落ちたらどうなるのだろう?
犬神家の一族になっちゃうかも・・・。
「細田さん、ロープ出してぇー」
「アイよー」
細田さんはハーケンを二本打ちセルフビレイをとってロープを投げてくれた。それを受け取ってスワミベルトに結ぶ。ビレイオン。
うう・・、寸でのところで犬神家の一族になるところだった。それにしてもハーケンとハンマーを持ってきていた細田さん、あんたは偉い!
このあと左手にワサビ田を見ることができ2m以下の小さな滝とへそまで浸かるような釜の渡渉などが程よく続いていく。
そして大滝に近い高さを持つナメ滝の前に出た。
入渓点で出会った若い人たちが取り付いていた。どうやら半円の滝らしい。となると遡行も終了ということになる。のんびり登ってきたのに途中でコーヒーを沸かす間もなかった。
若い人たちが登るのを見ながらコーヒーでも沸かそうと思って立ち止まっていると「先に登ってください」という。けっこう高さもあるが遡行ガイドブックには易しいと書いてある。それでは行かせてもらいましょうかということで水流に沿って登り始める。
ブリッジングで登り始める。ぺたぺたとどんどん登っていく。落口まであと50cm。足を広げすぎて股が裂けそうだ。上から細田さんがニヤニヤしながら私を見下ろしている。
あれ、やばいぞ・・・犬神家の一族パターンだ。
「細田さん、スリングを出してくれぇぇ・・」
細田さんが長いスリングを投げてくれまたもや危機一髪で犬神家の一族を逃れることができた。滝の上に這い上がると心臓がバクバクしている。昨年の奥鐘OCCよりも怖かった、ホンマ。
半円の滝を越えると右手(左岸)の木に赤いビニールテープがいくつも巻きつけられており遡行終了点であることを告げていた。
ザックをおろしコーヒーを沸かす。ビバーク用のクッカーに入れた水はすぐに沸騰した。岩に腰をかけて二人で静かにドリップコーヒーを飲む。
水根沢谷は遡行ガイドブックでは四つ星(★★★★)で山域を代表するような好ルートとの評価。
まさしくその通りであった。


下降路
ビニールテープのところから右手の斜面を10mほど登る。左右に踏み跡があるが右へ行く踏み跡は途中で急斜面に消えていた。左は沢の奥へと進んでいく植林作業用の道のようだ。細田さんが「上のほうに登っていったほうがいい」というので斜面をまっすぐに上へと登っていくと50mほどでしっかりとした道に出ることができた。ちょっとわかりづらいと思う。


慰労会
奥多摩駅前の坂を下ると交差点に酒屋があるが、そのはす向かいの蕎麦屋で慰労会。モツ煮込みでまずビールを一杯。そのあと大ざるをたのむ。蕎麦自体は美味い。ただつゆが水っぽかったのが残念だった。大木さんの甚兵衛蕎麦のつゆで食べてみたいと思った。


次回
細田さんの次の出張まで2週間あるので来週もどこかへ行こうかと帰りの電車の中で話しながら家路についたのだが、二人とも酔っ払ってしまって乗り過ごすところでした。


四街道5:43
立川7:50
奥多摩着9:11 発9:22
水根バス停着9:35 発9:45
水根沢谷入渓点着9:57 発10:24
大滝下10:55
大滝上11:10
半円の滝下11:35
半円の滝上11:47
遡行終了点着11:55 発12:25
水根バス停着12:55 発13:05
奥多摩着13:25 発15:03
東京17:10
四街道着17:59






利用ガイドブック=白山書房2000年5月10日発行「東京周辺の沢」