2004年初夏

丹沢 水無川 セドノ沢左俣

2004/5/22

台風一過で大気中の塵がきれいに洗い流され澄み切っている。
キーボードを打つ手を休め高層ビルの窓から西側を臨むと奥多摩から丹沢の山塊が黒々と横たわり中腹に雲がまとわりついて手が届きそうなほどに近く感じる。
そうだ明日は山へ行こう。

5月22日 曇り時々雨

昨夜の天気予報では土、日はまずまずの天候で晴れ間ものぞきそうだったので、一泊で奥秩父の笛吹川東沢にでも行こうかと準備を整えていた。
が、今朝起きて天気予報をみると曇りマークに変っている。これから天気は下り坂らしい。東沢はあきらめて行先を丹沢に変更することにしてパッキングが終わった大型ザックから雨具とヘッドランプなどを引っ張り出して小型ザックに詰め替える。
少し眠たいがいつもの5時43分初の快速電車に揺られながら四街道を出発した。
どんよりとした空の下で渋沢からバスで大倉へ降り立ち、河原の滝沢園キャンプ場経由で水無川を渡って対岸の林道へ登る。曇り空からは時おり雨粒が落ちてくる。
戸沢を過ぎて源次郎沢の出合付近の林道終点でカリントウを食べながら休憩していると若い男女5人ほどのパーティーがやってきた。若々しくて美しく溌ラツとしていてとてもうらやましい。どこへ行くのだろうか、一人ぼっちのおじさんとしてはついていきたい気分になるが、源次郎沢にでも行ってしまったのか途中で待っていたけれどもやってこなかった。
丹沢だとなめてかかるととんでもないしっぺ返しを喰らうので気を引き締めて沢へ降り立つ。本谷は水量が多い。薄暗い空の下で本谷F1がなかなかの迫力で多量の水を落としている。F1の上でセドノ沢へ入る。1976年に岩崎とセドノ沢右俣の大滝を登りにきたことがあるが、左俣は登ったことがないので左俣へ入る。水無川流域の沢は平水時には靴を濡らすことなく遡行できるのでしばらく粘っていたが今日は水量が多く途中であきらめた。いったん靴下まで濡れてしまうとあきらめもつき釜の中にざぶざぶ入って滝に取り付く。
手ごろな滝が次々にでてくるので冗長さを感じさせない渓相である。
しばらく遡っていくと四段の見事な滝が前方に見える。四段トータルではかなりの落差になりそうだ。遡行図にはこの滝の記述がないので、水量の少ないときには平凡な滝にすぎないのかもしれない。
一段目、二段目を登って三段目の右側から登り始めようとしたが苔でぬるぬるしているので直登はパスすることにして大きく左側(右岸)を高巻く。この滝を高巻く遡行者はいないらしく、踏み跡はほとんどない。笹を頼りにして登っていると上の方になにやら黄色いものが見える。なんだろう?と思いつつ近づいていくとエーデルワイスの9mm40mクライミングロープがきれいに巻かれたままザレた斜面に引っ掛かっている。拾い上げたロープは芯まで濡れてズッシリ重いことから本日の遡行者の落し物ではないことがわかる。拾ったロープをザックの雨蓋の下に挟んで沢に降り立った。
この上で沢は三俣となった。普段は取るに足らない左右の涸れ沢が、立派な水流を落としているので三俣に見えるのだろう。真中を行く。しばらく行くと八ヶ岳立場川のガマ滝沢出合のようなチョックストーンを左にもった10メートルを超える滝が現れた。これが大滝か?これも巻くことにする。少し下って左側(右岸)に取り付くとしっかりした踏み跡に合流、ペンキ印で書策新道であることを知った。書策新道との合流点の直下だから大滝ではないのかもしれないし、遡行図が誤っているのかもしれない。書策新道から沢を見下ろすと対岸に銀色に光るものが見える。さっきはロープを拾ったし今度は何だろうと、わざわざ確かめに行く。マグカップだった。これもザックの中にしまう。
書策新道は消えかけたペンキ印と共にセドノ沢左俣の流れを縫うようにして進み途中で右の斜面(左岸)へと続いている。ここで書策新道を下ってきた年配のおじさんと会う。隣に座って話しかけたけれども、ほとんどしゃべらない人だったので疲れていたのかもしれない。
のんびり遡行を続ける。少し空が明るくなってきたような気もする。しばらく水流が見えていたがそのうち水も消え、緑と赤い岩が縞模様になった美しく快適な涸滝が続く。沢は急峻な狭いルンゼ状になってきたが沢底は比較的安定していて、丹沢の他の沢のような激しいガレはほとんど見られない。
つつじのピンクの花びらがあたりに散らばった樋のようなところを登っていくと自然と草付になり上から人の話し声が聞こえはじめた。どうやら表尾根の稜線へ出たようだ。見上げると年配者が数人こちらを見下ろしている。
稜線に出たところは鹿の食害保護用のネットのある場所だった。ここから塔ノ岳方面へ向かう。先ほどの年配者が前を歩いている。沢の中や岩場では私は猫のように足を運ぶ。稜線に出てもその延長で歩いていたので足音をたてないから年配者のすぐ後ろにくっついて歩いているのだが気がつかない。しばらく歩いてある拍子に私に気付いた先行者に「ワーッ」と大声をあげて驚かれてしまった。おじさんかと思っていたがおばさんだった。驚かせてしまってすみませんと謝ると、うちとけてしばらくおしゃべりしながらゆっくり歩く。すぐに木の又小屋がガスの中から現れた。
小屋に入ってコーヒーを注文する。先日の烏尾山の小屋で女房と飲んだコーヒーは白湯同然だったが、ここはコーヒーは本格的なドリップコーヒーで感激である。しかも300円。又来よう。先ほどのおばさんは先着の仲間達と彗星を見る為にこの小屋に泊まりに来たそうだ。あいにくの天候だが楽しそうにしている。うらやましい。
外は風も強くガスが渦巻いているので、少々気が重いが腰を上げる。紫がかったピンクのつつじの花を愛でながら稜線をゆっくり歩いていく。天気が悪いので塔ノ岳の山頂には人影は見えない。すぐに大倉尾根を下り始めた。大倉尾根は堀山の家までは無粋な丸太階段が続くがそこから下はモミジの並木が続きプロムナードである。のんびり歩いていると雲が切れたのか夕方の陽射しが木々の間から木漏れ日となって山道を照らしはじめた。差し込む日の光が湿った大気にチンダル現象をおこしていくつもの筋になって見える。ちょっと神秘的な景観でしばらく立ち止まってぼーっとながめる。
靴を泥だらけにしてたどり着いた大倉バス停の便所にはツバメが巣で卵を温めていた。来週にはかわいらしいヒナが誕生しているかもしれない。水道で靴の泥を綺麗に洗い流しバスに乗り込んだ。


5月8日と同様17時35分のバスに乗って、18時18分発の急行新宿行きへ乗車したが、本日はイカゲソを改めビーフジャーキーを肴にして焼酎をちょっぴり呑んだ。


勤務先の私の信任厚いメンバーに「山でロープとマグカップを拾った」と話したら「なんてことをするんですか、拾ってくるなんてみっともない。奥様になにか言われませんでしたか」と笑われてしまった。他のメンバーも同じように笑っている。
「放置していたらゴミになるよ」って言ってるのに・・・ぐすん。

★ロープとマグカップを落とされた方、メールにてご連絡ください★


利用ガイドブック=白山書房2000年5月10日発行「東京周辺の沢」